どん。と、音が破裂して夜がほの白く浮かび上がった。
わ、と解りやすい歓声を上げた横顔を見遣れば金色の向こう、ちらちらと紅が散る。
「始まったみたいだな」
「スッゲェ。オレ、こんな近くで見るの初めてだってばよ……」
いっぱいに広がる大輪を映しこむ青の双眸が、きらと輝きを帯びている。
どんどん。と、続けて音は鳴る。火薬の匂いが鼻先を擽る。
「有名なんだっけ、ここの花火大会って」
「らしいな。おかげこの人出だ、まっすぐどころかまともに歩きも出来ねぇ」
「まー別にいいじゃん。どうせ今日は宿探して、あとは寝るだけなんだしよ……お! また上がった、デッケェ!!」
オレらもこのまま見物していこうぜ。ニカッと笑ってくるのに不機嫌を挫かれ、仕方なく足を留める羽目になった。
並んでしばし、夜空に咲く花々を数える。なんでも湖上に浮かんだ小島で打ち上げているということで、視界に一切の邪魔が入らず繰り広げられる火の饗宴は確かに見事で大きく丸く、鮮やかだった。
どんどんどん。
音は続く。夜が震える。
爪先より鼓膜より先に、まず腹を打つその音に俄かに何かが、込み上げてくる。
ぱらぱらとささやかに続くそれまでもが、妙に肌に引っ掛かる。
「……サスケ?」
だから、迷うことなく手を伸ばした。
手首の少し上あたりを引っ掴んでぐぃと引っ張っる同時、夜空にまた火の花が開く。
見慣れた顔を見慣れぬ光がぱっと明るく彩り照らし、次の呼吸で濃い陰が落ちかかる。
火花が散った。また、あの音が響いた。
そこに溶きこむようにして、抑えた声で誘いを掛けた。もう、行こう。
何で? と不思議そうに開く眼は次の花火が上がり落ちる合間にだけど温度を変え、かすか細められた。
「……サスケ、」
そして名を呼ぶその声は、明らかにさっきとは違ったもので。
何かを確信するみたいな低さに、伝わったという安堵よりぞくりとした満足を覚える。
同じ光と熱を宿したこの眼は今、その青にどんな風に、映っているのだろうか。
「宿、すぐ見つかるかなァ。広い風呂と旨いメシがあればいいんだけど」
そんで安い所な! などと余計な算段を始めるのに苛々して、吐き捨てるみたいに言った。
「どこでも、いい」
木ノ葉までは一日ほどの距離だろうか。ここらの宿場ではどれ程繁忙な時季でも忍のために空き部屋を確保しておく風習があるから、贅沢を言わなければすぐ、どこかへ飛び込めるだろう。しかも今は忍服を纏い額宛もしている。何を訝られるはずもない。
「……行こうぜ」
掴んだ腕は既に放していたけれど、歩き出せば慣れた気配が黙って足早に、隣に並んだ。
果てのいっとき。
掠れた呼吸を至近の肩へ隠さず吐き出せば、潜めた声が耳元で笑った。
「……どうする?」
支える手が腰から背ぼねへとたどり、首すじを昇って項に張り付いた髪を梳く。震えた肌は触れあうまま直接で伝わったはずだ。
「……何が?」
「声。絶対ぇ、外に聞こえてたってばよ?」
知るか。と、強く歯を立てやる。非難する声とさっきよりも深くなった笑いがたまらなく身体に響いて、嫌になる。
「イッテエ! ったく、何で噛むかなあ?」
そこへまた、音が鳴った。どん。と、音は鳴る。
あぁ、本当に。もう、どうしようもない。
満たされたはずの身体が奥底からふたたびで、震えあがる。ぱらぱら舞う音に重なり、ひゅるると闇に昇るのが聞こえる。
音が弾ける。蚊帳越しの極彩色が、互いを彩るのがわかる。
「なんか。この音ってさ」
脱げた浴衣から中途半端に覗く肌へ、黄金が散っていくのが面白い。
つい指先で追っかけたら咎めるみたいに耳たぶを食まれ、降る囁きはつまり、睦言に等しいものだ。
「……あの時の感じに、似てねぇ?」
そうかと応える最後は疑問と納得の曖昧でぼやかしておく。そうしながらさっき刻んだ痕跡に触れれば、口唇が持ち上がる自覚があった。
くっきりと滲む血に舌を這わせると後頭部が掴まれ、角度を変えるよう強いられる。
同じ強さで手を伸ばし、抗わず重ねる口づけが穏やかであるはずがない。
どれだけ絡めても貪っても、奪っても、まだ足りないと繰り返し求めて施した。
零れるものが吐息なのか、別の何かかもわからない。夜風を呼び込むため開けた窓がそのままなのもかまわなかった。
この界隈の連中ならどうせ、揃って花火見物に出掛けているはずだ。音はまだ、続いているのだから。
伏せたまぶたを持ち上げると青に閃く、紅。
抱えられた身体が背中から落とされ、乱暴に与えられる重さと熱を両腕に絡め抱きとめながらふと、口ずさんでみる。
音高く 夜空に花火 打ち開き、
「サスケ?」
なんか言った? と暴く指を休まぬままナルトは問う。だけど首を傾けもっと此処へと、その口唇を惹き寄せるのだ。
われは隈なく 襲われてゐる。
そして閉じた瞼の向こう、幻に舞う火花にすべて委ねた。
*** * *** * *** * *** * *** * *** * *** * *** * ***
以下、あとがきもどき。
引用した短歌、“音高く 夜空に花火 打ち開き われは隈なく 襲われてゐる” は大正末~昭和の女性歌人・中城ふみ子氏の作品。
恋多き人で、若い新聞記者と病室でそういう展開になり看護師に咎められるものの啖呵を切った、等のエピソードが伝わるようです。
“灼きつくす 口づけさへも 目をあけて うけたる我を かなしみ給へ”
こちらもとてもナルサスみを感じるので、いつか書いてみたいですね…それにしても何かと拙いです。