親愛なる者へ

 

 その日には、(次は)と浮かび8月を過ごして9月になれば(そろそろ)と考え、10月をめくると、あぁ、と思う。
 といっても紙という物体、手の動きはない。サスケのカレンダーはあたまの中に留められていて、日づけを数えるのは、己がヒトであることを自覚するための促しでもあった。
 太陽も月も無い、つまり昼も夜も朝焼けも夕間暮れもない異空間でしばらく過ごすと ……しばらくと捉えたら一瞬だった経験もあるが…… 忍の意識が極限まで研ぎ澄まされて一人の男であることはたまさか、曖昧になったりするのだ。
 清しい風に金木犀がほのか香って、輪廻の渦を時の概念が解きほぐす。無音で張った鼓膜を雑踏の振動になじませつつすれ違いの会話から、今回は三日だったと知った。良かった、
(間に合った)
 そういえば腹が減っている。当たり前に商店に入り当たり前に食べるものと飲むものを選んで当然、代金を支払った。素泊まりの看板をとりあえずの終点に定めて一歩づつ、大人の自分を取り戻していく。 
 サクラとサラダは元気だろうか。ああいうものを買って帰ったら、喜ぶだろうか。
 とんぼ玉の耳飾りや簪なんかが目に留まる。駆けてゆく少年のうしろ姿に、なまいきで負けずぎらいな弟子の背中も重なった。
 ボルトの手裏剣術はどの程度、上達しただろう。もしかしたら背も伸びたかもしれない。
(そういえば。誕生日は、いつだったろう)
 ふとした疑問と幾つもの名前がよぎる、それは確かに、ひたひた満ちるひとときだった。

     ◇

 お前さ。
「何月何日生まれ?」
「7月23日」
 答えるとナルトは大きな〇で囲み、サスケ、とへたくそに記した。それから三枚ぴっぴと進んでお揃いの印を付ける。オレ! と、威勢よく書いた。
「覚えやすいだろ?」
 知っていたけれどサスケは黙って、頷いた。知ってはいたが改めて、その日の重さを考えていた。
「そんでサクラちゃんは、3月28日な」
 示してからナルトは少し首を傾け、左手を構え直した。どうやら、彼女の印は花びらにしたいらしい。握りこぶしの黒ペンではちぎれた海苔にしか見えないが、眉をしかめへの字口をして、頑張っている。
「カカシ先生はいつだろうな」
「さぁ」
 ナルトが秋でオレが夏で、サクラが春ならカカシは冬か。捻りのない連想が当たりか外れかも解らない。あの頃のサスケは誕生日なんかではしゃぐ気もなかったし、四人の日々はそもそも、短かったのだ。
 サスケが短いものにした。そしてナルトと二人きり過ごした時間もまた、とても短かった。
「イタチは?」
 右手を伸ばしてサスケは伝える。せっけん一つと歯ブラシ二本に添えられたカレンダーは清潔な長四角で、紫陽花とかたつむりが描かれていた。
「へぇ。イタチって、雨ふりの頃なんだ」
 兄の名前をナルトが記す。へたくそで一所懸命な字がどうしてだかいきいきと、眼に刻まれた。 

     ◇

(3月31日)
(6月9日)
 歩きつつサスケはゆっくり、あたまのカレンダーをめくってみる。新たなぬくもりと褪せぬいとしさが記されたカレンダーは、生きてきたからだ。あの日の彼が、生きろと言ったからだ。そしてたどり着く今日がやはり、とても大切だった。
(オレを見つけてくれて、ありがとう)
(今なお友でいてくれて、共に在り続けてくれて、ありがとう)
 健やかでいてほしい。幸せであってほしい。
 あの顔で笑っていてくれ、どうかずっと。

(足りない。まだ足りない)
 言葉なんかじゃ絶対に、追いつけない。

(たとえばこの想いを、愛と呼ぶのなら。)
 
 とおき山に陽が落ちて晴れ空いちめん、オレンジ色へ染まっていく。
 10月10日。サスケは一通、手紙を書いた。いつもどおりの報告をいつもより少し、丁寧に。
 追伸は胸の奥に、そっと灯して。

 
 
 

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以下、あとがきもどき。

‘誕生日’を幸せの象徴と捉えるのはとても恵まれていてかなり得難いことなんだな、と思うことがあります。

ナルトは小さい頃、自分の‘誕生日’が好きだっただろうか?
家族を失ったサスケは自分の‘誕生日’なんてどうでもいいと思っていたんじゃないだろうか?
でも今は、大人になって家族を持った二人には‘誕生日’というものを愛しい日だと感じて欲しい。

という妄想と願望が数年前から頭の中にあり、『N × S × 50』に入れるかぁとも考えたものの(これはやっぱり、誕生日に向けて書かないと!)と今年のナル誕小話になりました。

もう一つ、オトナルサスのR18メインの誕生日ネタもpixivへ投稿いたしましたが掛かった時間はほぼ等しいです。
勢いとノリで突っ走るエロも書きがいがありますが、言葉を探して選び直して、書いては消し書いては消し…とのろのろペースで構築していくシリアス寄りもやっぱり、楽しいですね。

なおタイトルは、Twitterでは『P.S』、仮タイトルは『しるし』や『BELOVED』となかなか定まらなかったのですがサイトに収めるにあたって本文を微妙に訂正した結果、このタイトルに着地しました。