Another  Orion

 たららーら ららら、らーらー、ららら

「らん!」
 で、右手を思いきり振る。クロックスのつま先を立て隅っこまで背伸びしたら、反対側に一直線。そっちの角もきっちり擦ってまた右側へ。
 右ひだり、左みぎ、右ひだり右。雨の日のワイパーみたいに腕を動かしうろ覚えのメロディに乗って尻まで振るとぴかぴかになったガラスの向こう、黒髪がふわん、と波うった。
 左みぎ、右ひだり、左みぎ左。同じテンポで揺れてたタオルをいったん停止、一枚へだておもしろそうに笑っている。デコの高さで白い指がこつこつんと鳴って、0.5ミリくらい遠くから馴染んだひびきで評価した。ご機嫌なダンスだな。
「さっきはあんなに、膨れてたくせに」
「だから、こっちが嫌なワケじゃねえの!お前に負けたのが悔しかったの!!」
 部屋側とベランダ側、どっちがどっち?でひと頻りケンカしたのは「オレが外でお前は中」、つまり寒い方を背負ってあったかい方を渡そうとしたのが原因で理由もおそろい、「お前が」風邪を引いたら困る、というシンプルなものだ。

『たまには言うことを聞け。いいか?オレが外でお前は中、これで決まりだ』
『変なトコで年上ヅラすんじゃねえよ、それこそおっさんは家の中だろ?!オレが外でハイ決定!』
『……頑固者が!』
『意地っ張り!!』

 でもってフクザツじゃないせいでせっかくの思いやり、想い合いも正面衝突。どっちも曲げねえから正々堂々一戦交えるという結論になったものの、ジャンケンじゃ捻りがねえしアミダのちまちま感も似合わねえ。かといってふたりババ抜きやふたりポーカーも……

『あ。そういえばウチ、トランプねえよな』
『トランプか。わざわざ買うのもな』
『じゃあチビにこっちおいでして先に来た方が勝ち。は、オレが不利だしなァ』

 ちんまりとお座りした黒猫が心配そうに見守るうち、相談するうち仲直りして”ゆびずもう”ってので決めることになったのは、オレがそれを知らなかったからだ。
 してみたいって言ったらアイツは手のひらを広げる。ぎゅっと握るのに戦うなんて、変な感じだった。
 くつくつと笑いながら親指を追っかけ、引っかけて抑え込む。なめらかな爪を圧迫したら抵抗して跳ねあがるのにあぁ、指でセックスしてるみてえだと思った。

『たの、む。んぁ、あっ、も、やめ……!』
『だぁめ。ナカきゅうきゅうってしてるし、もっとイケるだろ?』
『ッひ?!ひぁ、ぁ、アッむりだもう、ンッ、もぅ出なッ』
『でもずっと、とろとろ漏らしてるけど。先生?』

『いってえ!!』
 そんでテンカウントされたのは昨夜のコイツを、白いシーツに溺れるつま先とか大胆な角度で開いた両脚とか、止めろと言うくせ止まることなく欲しがる腰とか繰りかえす射精で汚れた下腹とか、そんなこんなを思い出してたせいだ。
 とはいえ手かげんせず勝負してくれたことは嬉しいし、寒い外だって願ったり叶ったりってやつ。だけどベランダに降りたらせっかく縮んだ背丈の差が元どおりになるみてえで、すらっとした長身、おとなの瞳で見下ろされるのが悔しかった。
 コイツもコイツできれいな形の口唇がちょびっと歪んでたのはどうせ、「勝った方が内側にすべきだった」なんて考えてたせいだろう。でもこうやってご機嫌ダンスで調子よく窓拭きしてるんだから結果オーライ、やっぱオレたち最高の彼氏カレシだってばよ。
 透明度ばつぐんの出来を合わす手のひらでパンと讃え、それから急いで用意した。各駅停車で15分、快速に乗り換えて20分くらい先にある神社は大きな滝が有名で、この街の住人、特にオレくらいの奴らはほとんどがそっちへお参りするんだけどコイツが語るには「初詣は氏神様が一番」らしい。
 全国展開のショッピングビルに寄って、福袋を探してセールで冬物を買って、ホイップクリームが乗ったコーヒーと一緒に各駅停車で帰るのがここいらのカップルの定番なんだけどな。
 でもまぁ、お正月デートであることに変わりはないだろう……と、モッズコートにはミックスグレーのクルーネックニットを合わせた。好きなショップのヴィンテージラインで、左胸に植物モチーフのワンポイント刺繍がされたすべすべのカシミアだ。お高めのうえ定番だからセールにはならねえし、でこれまで手が出せなかったんだけど、クリスマスにプレゼントしてくれた。
「よく似合う」
「……さんきゅ」
 淡々だけど最大なひと言が嬉しくて、眼を細めるようにして見つめられるのが照れくさくてなんとなく、頬を引っ掻く。黒のピーコートと青いマフラーが今日もばっちり、決まってた。オレが高校生でコイツがオレの先生だった頃にもよく見たものだがいつだってクールなのだ。何にせよスタイルが良ければどんなモンでも着こなしちまうし仮に毛玉だらけのダサセーターだったとしても、コイツに対する気持ちが変わるわけねえんだけどさ。
 ブルーとオレンジ、色違いのメットをそれぞれ掴んで家を出る。じいちゃんの形見、古いヴェスパへキィを差したらさすがに正月、ぶぅんと軽快に走ってくれる。
 小さな街はとても静かで突っ切る空気もきりっと澄んでて、昨日までが嘘みてえだ。こういうのを新年ならではっていうのかな。信号待ちでは車が三台連なってたけど駅に向かうんだろう、青を合図に坂道を昇ったのはオレたちだけで、腹に回った両腕があったかく追い風すら気持ちがいい。
 地面をロープで区切っただけの駐車場は予想どおりすっからかんだった。悠々とヴェスパと停め、ホルダーにメットを引っ掛けじゃりじゃりを踏んで大鳥居まで歩く。ちょうど出てきたじいちゃんとばあちゃんは知らない人だったけど、明けましておめでとうございます、と挨拶してくれた。
「お参りは頂上まで?」
「もちろんだってばよ!」
「でしたら、九尾さんには私たちの分も」
 ていねいにお辞儀するのにオレの金髪が気にならねえのかとひそかに感動していたところ、ちゃっかり頼まれごとをされた。九尾さんってのはここのお稲荷さんのことで、その名の通りしっぽが九本もあるからだ。八本で難を払い一本で幸せを運んでくれる、と言い伝えられているらしい。
 にこにこ笑ったばあちゃんがお供え物のあぶらあげを買ってくれる。じいちゃんは何丁目何番地の何々何々です、と個人情報を堂々晒し、二人で仲良く坂道を降りて行った。
 ばあちゃんの手はじいちゃんの肘あたりを支えにしている。足が悪いのかもしれないし、そうでなくても何百段と続く石段を昇りきるのは難しいだろう。大鳥居のすぐ傍にある立派な拝殿はそのためだけど、九尾さんの住処は山のてっぺんなんだという。だからこの街の人々は、大切な願いごとの時には奥の宮までお参りするのだ。
 一段目に足を掛け、見えねえくらい遠くまで連なる鳥居を見上げる。体力には自信があるけど頂上目指して駆けあがるとか、無茶して足を痛めちまえば初出勤で店長のゲキマユがもっとゲキマユになるに違いない。ペースを守ってゆっくりめで昇り始めたけれど、とんでもなく長いから息ぎれする前に飽きてしまった。
「悪かったな」
「何が?」
「元旦から窓拭きすることになって」
「あぁ、」
 三段上から降る声を仰ぎ、せーのでもっかい唱えてみてる。ぐーちょきぱーで昇る遊びは初めてだったがちょきであいこが多かったのはこのゲームの宿命じゃなく、オレたちどっちもが負けず嫌いだからだろう。気づいたもののやっぱり人差し指中指を開いたら、すかさず拳に打ち砕かれたのだ。にやっとする口唇が子どもみたいで可愛くて、キスどころかもういっそ、食っちまいたいと思った。
「その話か」
 続いて仕掛けるだろうかと開いた手のひらはあいこになる。もう一度息を揃えてもまたあいこ、三度めはちょきが揃ったもんだから同時に吹きだした。これでもう、何回目だろう。ルールは無視して「ちよこれいと!」を一緒に叫び、三段の差も一気に飛び越えハサミにした指を捕えた。重ねた二本を絡めると胸の奥どころか心臓の芯まできゅぅんとひどく、絞られる。
「一年の計は元旦にあり、だってばよ。それにちゃんと、大みそかに帰って来てくれたし」
「当たり前だ」
「父ちゃんと母ちゃん、兄ちゃんには話したのか?」
「家は処分したが墓はそのままだ。これまでどおり会いに行くし、分かってくれたと思う」
「……うん。いつかオレも、一緒に行かせて」
 長い石段を昇りきれば海が見える。海から風が吹いてきて、風は粉雪をちらちらと舞いあげている。まるで、海から雪が生まれるみたいだった。 
 石で出来たちいさなお社に頭を下げ、賽銭箱に引っついたパイプの中へあぶらあげを落とす。このパイプは大鳥居前の売店(つまりあぶらあげを買った所だ)へ伸びていて、回収し使い回しているともっぱらの噂だけど実際はどうなんだろう。あぶらあげよりお賽銭、つまり自分を優先したら祟られるとかいうのもホントだろうか。
「この街が。ここが、オレの場所なんだ」
 がま口を開け五円玉を探していたら、隣でぽつりと呟いた。
パイプの中へ吸い込まれるあぶらあげは着地の音を伝えない。売店なのかまさかゴミ箱か、もしかしたらホントに九尾さんが食うのか。どこに行くのかオレにはちっとも分からねえしお社の文字も読めねえけど、この声をオレは掬える。冷たい右手を左手で包み、息をはぁっと、吹きかけた。
「なぁ、先生」
 コイツもずっとひとりきりだったんだと、去年の冬に初めて知った。帰省して墓参りをしたい。それをとても悪いことのように言うから、たまらなくなって抱きしめた。オレといるせいでこれまで大切にしてたことを大切に出来なくなるなんて、ダメだと思った。
「オレたちはどっちもひとりぼっちだった。だけど、さびしいのを目印にして出会ったんじゃねえ」
 海辺でコイツを見つけた時、懐かしいと思った。初めてのキスは嬉しいより泣きたくなって、初めてセックスした日には不思議な夢を見た。
 オレに似た誰かの右手は包帯が巻かれていてコイツに似た誰かの左袖は、空っぽだった。星の見えない夜空の下、幸せそうに寄り添って眠る、オレたちによく似たふたり。
 たましいってのが探してた。オレにも聞こえない声でそうだ、ずっとずっと叫んでたんだ。

 会いたい、会いたい。
 たった一つのオレの星はあいつは今、どこにいるんだろう?

「どうしてもどうしても会いたいから出会ったんだ。きっと、それだけなんだ」
 あぶらあげは供えたけど九尾さんは怒るかもしれねえ。だけど、神様の前だとか不謹慎だとか、そんなんどうだっていいんだ。たとえ神様が怒っても誰かが認めないとしても、オレはオレがしたいようにする。小さな口唇をちゅっとしてキスで伝えた。
 大丈夫。オレがお前をいつだって、あたためるから。
「……ありがとう」
 背中に回った右腕がぽん、と跳ねて合図する。それから五円玉をいっこづつ落とし、まずはさっきのじいちゃんとばあちゃん、何丁目何番地の何々何々さんが幸せでありますようにとお願いした。
 そして、海の木ノ葉が見つかりますようにと唱える予定だったんだけど、ないしょ話の結果、違うモンになった。そう、初詣でオレたちがするのはお願いじゃなく宣言。

 オレたちはこれからもずっと、一緒だ。

「今年も見ような、みなみじゅうじ座」
「あぁ。お前となら、必ず見つかる」
「探し方は覚えてんだ!まず、へーこー四辺形のからす座と」
「変形四角形のからす座、だ」
「……ハイ先生」
 ふたり手を繋ぎ長い長い石段を降りた。帰りは国道に出て予約しておいたピザ2枚とポテト&オニオンフライを受け取って、クリスマスに仕込んだ特製のボトルを開ける。プチトマトとすっぱい実を浸けたウィスキーを炭酸水で割って、グラスの縁にはお気に入りの塩を雪みたいに飾ろう。チビのごはんも高級鶏ササミだ。
 寄せては返す波の音が、今日も風みたいに聞えている。

   ◇

 べっこう飴みたいな木目には深緑色が貼られていて、ところどころを金色の刺繍が彩る。しっとりとした手触りのそれは、サスケが言うには天鵞絨(ビロウド)というものだそうだ。
 がたたん、と揺れたからまぶたを上げる。長い夢を見たのにあくびが出ない目覚めはいつものことで、カリカリのたまねぎとトマトが入った酒、とつぶやけば味わいが口いっぱいを満たす。これもいつものことだった。
「……まぁ、不味くはねーんだけどさ。でもやっぱ、お前が選ぶのが一番旨いってばよ」
「酒を飲んだのか?」
「そ。オレもサスケも大人だったから」
 それから波の音がした。伝えるとサスケは、其処はオレも知っているかもしれない。と首をかしげた。半袖から伸びるすんなりした右腕を窓枠に預け、黒い瞳には今日も星くずが瞬いている。
「お前は若くてオレより背も小さくて。それが少し、苦しかった」
「だけどもう、大丈夫だ」
 一緒だったと伝えれば安心したようにふわんと笑って身体はほんの少しだけ、もじっとした。17歳のサスケはちびっと甘えたがりなのだ。いまだに照れ屋な肩を突っつきトラックジャケットの肩へ寄せる。なめらかな黒髪が頬を掠って気持ち良かった。
「そうか。其処のオレたちもずっと、一緒なんだな」
「うん」
 隣の車両からざわめきが聴こえる。でもそっちに行くと誰もいなくて、誰もいなかったはずのこっちの車両がざわざわするのだ。なのに変だと思わねーからなんていうかまぁ、此処はそういう場所なんだろう。
 汽車はときたまボゥンと鳴らしてときたまは駅に停まって、駅はぜんぶ星座や星の名前だった。タラップからジャンプして果てが見えないプラットフォームで駆けっこしたり、ベンチに腰かけ白い星青い星赤い星を、無限の星がさんざめく宙を眺めたりする。
 何回に一回かは透きとおったこんぺい糖が手のひらに出てきて、甘かったり酸っぱかったり、気まぐれだからおもしれー。すげー甘いのを食っちまうとひくんとするサスケの眉も楽しかった。
 誰が吹くのかぴぃっと笛が響いたら途中下車は終わり。どこに座ってもいいんだけどお気に入りはお尻の車両の一番後ろのボックス席で、そうしてがたがた夜汽車に揺られ窓からほうき星を探したりするそのうち、オレたちはまた、夢を見るんだ。
 そう、オレたちはしょっちゅう眠って眠るたび夢を見ている。たいていどっちかが寝ててどっちは起きてるから、目覚めたあと夢の話を伝える。夢にはいつもオレたちそっくりの奴がいて、ケンカしたり仲直りしたりしていた。オレが大人でサスケが子どもだったりオレが子どもでサスケが大人だったり、または二人とも子どもな夢もあるけどたまに、
『ナルト。茶トラの猫になっていたぞ』
『オレも其処知ってるかも。サスケが黒猫で、一緒にひなたぼっこしてんの』
 こんなこともある。そしたらサスケは、そういうのも悪くないなと笑うんだ。
「……あ。そういやめちゃくちゃ、セックスしてたな」
「るっせーよ」
 さっきのオレたちを分け合うと口唇が小鳥みたいにとんがるから、可愛くてちゅっとすればサスケもちゅ、とほのかに応えた。オレたちはこれだけだ。遠い最初はただこれだけにめちゃくちゃどきどきして、もしかしたらどっちかが消えちまうんじゃねえかと思ったけど神さまってのは許してくれたらしい。じゃなくてオレたち自身がやっと、許せたんだ。
「大人のサスケ。すんげえエロかったってばよ」
「どうせお前は好き勝手し放題なんだろ?」
 眼と眼を交わして笑い合う。身体ごと愛しあうどこかのオレたちは幸せそうだった。だけどオレたちも間違いなく、幸せだったんだ。
 挑み戦い続けること、ほんのちょっとでもマシな世界を子どもたちへ渡して未来へと結ぶこと。耐え忍ぶ者、忍者で在ることがオレたちの命の使命だった。生涯かけて果たした誇りが今、オレたちの胸で北極星より眩しくいとおしい永遠となって輝いている。
 手のひらを添えたらサスケの頬はすべすべして柔らかかった。今度はオレから身体を寄せて、優しい指に髪を撫でられめいっぱい甘やかしてもらう。猫みてえになつくうち、くあっとあくびが零れていた。
「大人のお前に会いてえな」
「オレ、も。あいたい」
「サスケ。眠てえの?」
 あぁ……と溶けるのを聴きながらすん、と嗅ぐと懐かしいにおいがする。一緒に眠りに落ちる時。出逢う世界はどこかではなくオレたちの世界で、たった一つのオレでたった一つのサスケでひとつきりのオレたちだった。
此処はつまりそういう場所だから、オレたちはたまに、こんな風にして記憶の中へふうわりと還っていく。右手と左手をしっかりと繋いで。

     ◇

「お。砂時計の星だ」
「あぁ、よく見えるな」
 オレにだってすぐ分かる、一直線の三つ星を指すとサスケも見上げてほぅっと丸く、息を吐いた。次の呼吸も真っ白に凍る、今日は暗闇が澄む夜だ。
ひさびさで帰って来たサスケは夜明けまでオレと話して次の昼間にボルトを鍛えて、最後の一日は家族と過ごした。そう、たったの三日。100にも満たない時間だけで、こいつはまた旅立っていく。
 「もう少しいればいいのに」なんて投げたところで「お前こそもう少し、余裕を持って働くべきだ」と返されるぐるぐる巡りだから、この頃は言わない。だって、その「もう少し」が出来ないことを誰より解りきってるのがオレたち自身で解ってるけど言いたいけど、言ったって立ち止まることは出来ねーからこうやって、せめてと二人で歩いている。
 とても寒くて星がきれいな夜だった。こつこつんと鳴る足音はわざとで、いくら忍里でもこんな時間にデカイ図体のおっさん二人が音も無く現れたらかなりビビると思うからだ。 
 ほんと、オレもサスケもバカみてえにでっかくなった。そんで、でっかくなって歳も取り、奥さんも子どもだっているオレはやっぱり、隣の足音に満たされるのだ。重なり合う反響がやたら気持ちよくて、なのにもうすぐ、離れて行く。
 言葉を交わさず歩くようになったのはいつからだろう。気をつけろとかもっと手紙を寄越せとか、昔はたくさん強請ったけど最近は言わない。言葉にしても足りないものを、言葉には出来ねえもんを隠れみのの単語に替えたところで意味なんて無いんだと、オレはもう分かっていた。
 意味があるなら別のことだ。サスケはちゃんと帰って来た。いい事もわるい事も、これからのこともたくさん話した。足りないのは何か、痛みは何処にあるのか。オレたちはどうやって、この世界と向き合うのか。
 こつん、こつん。こつ、こつん。
 最後の角を曲がる向こうにあうんの門が見えた頃。サスケがふと、不思議なひびきを唱えてみせた。オリオン座だ。
「おりおん?」
「あぁ。どこかの街で、船乗りたちが砂時計の星をそう呼んでいた。天の赤道上にあり最も明るい恒星を探す標ともなる星座、であることはオレたちの知識と変わりない」
「あー……。そういや、カカシ先生が野外演習の時言ってた気がすんな」
 起きろナルトー!とぺちぺち頬を叩かれたことを思い出す。サクラちゃんもあくびしてたけどサスケはすっきり、ポケットに手を突っこんで立っていたっけ。
 そういえばあの頃より星の数が少ないかもしれない。それだけ木ノ葉の里が明るく平和になった、という証拠かもしれねえけど自分たちがしたことで星が見えにくくなるのはちっとマズイ。シカマルがよく言うように万事バランスが重要、やりすぎには注意しねえと。
 なんて言ったらサスケはひそっとほほ笑んだ。こいつの笑い方は風がさらうようで宙に溶けてしまいそうで、胸が透かれてこっちまで綺麗な気持ちになれる気がする。なじんだ中低音が、静かに謂れを教えてくれる。
「ある国の星語りでは、この世に自分が斃せない獲物はいない、と驕った神の子が地中から現れたさそりに刺し殺されたとされる」
「あのさ。それってばジゴージトクってやつなのに、なんで星になるんだ?」
「伝説なんてそんなもんだろ?」
 なんとなく交わして眼を合わせたら自然と同時に、吹きだしていた。おっさん同士の会話かよ?なんて思うけどこんな風に笑い合えるのはサスケとだけだから、それでいい。ただそれだけがオレにはすごく大切で、たったそれだけでこれからもきっと、迷わない。
「なぁ。その話、ボルトにはすんなよ」
「どうして?」
「そだな。オレたちのひとり占めにしときたいから」
「ふたりなのにひとり占め、か」
「……うん。オレたちはふたりだけど、ひとり占め」
 この場所では砂時計で遠いどこかでは神さまの子供。その名はまるで、導く呪文のようだった。
 サスケが教えてくれた星座、冬空のオリオン。明日へ続く夜道にひとつ、ささやかなひみつが灯っている。

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以下、あとがきもどき。

を書きたいので、後日こっそり書かせていただきます。