発達した低気圧が接近しています。
北風が吹き荒れ所によっては吹雪となり、今冬一番の冷え込みとなるでしょう。
「お出かけの際はマフラーや手袋など、厳重に防寒対策を」
なんてニュースを聞きながらレンジでトマトをチンしたその日、七代目火影のスケジュールは里境付近での視察だった。年の大半は書類の山に埋もれているのにまさか今日、よりにもよって。
だが自分たちは忍である。雨が降ろうと吹雪になろうと弓矢が注いだとしても、為すべきことはせねばならない。寒いって言ってるし布団にぬくぬく引きこもりましょう、では務まらないのだ。
素肌の上にはいつもどおり、ジップアップを一枚だけ。腰の組み紐をしっかり結んで刀を差したらつま先から指先まで、いつも以上にきゅぅっと引き締まっていく。
机の傍に立つのではない。ラーメン屋へ付き合うのでもない。今日は外で、ナルトを護るのだ。仕上げに赤い雲影を纏い、刻んだ言葉で自身を励ます。
『火影を護り、火影と共に世界を守れ』
『お前なら出来る。お前にしか出来ないことだ』
尊敬してやまない兄は言ってくれた。そうしてサスケは暁から木ノ葉へと遣わされた……の、だが。
「サスケ!ファスナーは首まで上げろって、いつも言ってるだろ?!」
火影室の扉を開けた途端、ナルトときたらこの調子なのだ。白い外套をひるがえし突進してくるたちまち、次々おせっかいを降らしやがる。
「それから足!かかと!!今日くらいブーツにしろよ?!」
「この方が踏んばりやすい」
「うわ、もう手が冷てえ!!なぁシカマル、予備のグローブとかねえか?」
「素手の方が刀を扱いやすい……んだろ、多分」
「じゃあ貼るカイロ!」
両手を包んだ手のひらが外れて、何故だか腰をわさわさされる。そこに貼れという意味だろうか。いったいどうして、腰なんだ?
「……オレもいつも言ってるだろう。ガキ扱いするな、と!!」
14センチを睨み上げとりあえず一発、腹に拳をぶちかます。うお?!なんて悶えてみせるも張った筋肉はぴくりともしないから、苛々はいっそう増した。
つくづく先が思いやられる。傭兵という立場上、火影に対しおおっぴらな暴言暴行は許されないが、かといってされるがまま撫でくり回されていては暁はもちろん、うちはの名まで地に落ちるだろう。なお且つ、七代目の評価をも低くしてしまうのだ。
「めんどくせえ火影だけど、頼むなサスケ」
「あぁ、解っている」
「ほらサスケ、行くぞ!」
「自分で出来る……」
無理やりフードを被せられつつサスケは眉をしかめたが、あうんの門前に立つやいなや、ナルトの気配は一変した。
表情は常のまま、無防備なほどほがらに笑って見送る人々へ手を振るが時おりの一瞬、見間違いみたいに青い瞳が鋭くなるのだ。
結局結論、この男は火影であり忍であるということだった。机上ではなく肌身で触れて世界を知る。
警備塔に着けば案内役の忍と共に外壁をよじ登り、オレが侵入者ならこうするかな。なんて、思案していた。
「サスケはどう思う?」
「そうだな、オレもこの経路を選ぶ。たとえばフォーマンセルの三グループで襲撃するとして。地上の戦闘を足止めとし、最上階の交信機を爆破する。主力は外壁からだ」
「うん。まずは増援を断って孤立させる、だな」
あんがと。
そんなやり取りは雪つぶてに吸いこまれ、二人にしか聞えなかっただろう。ではなくて、北風も計算しヴォリューム調整しているのだ。
うちはサスケとの親密が過ぎれば、下世話で済まない噂となりえる。枢機に関する秘密事項を火影自ら漏洩うんぬん、と不審の種にならないよう、ナルトは厳格にラインを保っていた。
「七代目様……」
「おぅ、今度はあっち側だな」
だから時たま、サスケは置いてけぼりになる。あっち側、は見せられないらしく「中で待機いただきましょう」と、いつもの距離に割り込まれてしまった。
「……そだな。頬っぺたも冷え冷えみてえだし、あったけえモン飲んどけよ。何かあるか?」
「緑茶しかありませんな。ここは警備塔ですので」
白髪混じりの忍が淡々と答えるのは任務第一、武骨ゆえではないだろう。彼らは木ノ葉でこちらは暁、ナルトは火影でサスケは護衛の傭兵なのだ。
だからサスケは首を振る。そう、暁から護衛として遣わされた傭兵だからこそ為すべきことをせねばならない。ますます雪が降り積もろうが冷めた視線が舐めまわそうが、サスケは必ず、ナルトを護る。
「ここで待ってる」
「そっか」
主張しても騒がれないのは衆人環視が理由ではなくナルトも解ってくれているから。くちびるだけで頼む、と告げられ自然な角度で顎を引いた。
塔は結界で覆われているがほつれは無いだろうか。薄いところは何処であるのか、より強固にすべき箇所は?
火影を囲むチャクラの波にあやしい揺らぎは起こらないか。
(兄さん。今日はすごく、忙しい)
まぶたの向こうへ充実を伝え、開く瞬間、血族の誇りに黒を染める。遠ざかる背を真直ぐに見つめて赤い雲は吹雪になびかせ、サスケは一人、純白の上で背すじを伸ばした。
◇
夕食にはきのこと山鳥の鍋、イワナの干物や冬菜のゴマ和え、半搗きの飯を串焼きにしたものなどが並んだ。どれもこの地域の名物だそうで、特に飯の串焼きはちょっぴり焦げた味噌だれが香ばしく空きっ腹が刺激される。
三本目にかぶりつくサスケの傍らナルトは少し、酒を飲んでいた。缶ビールをあおる様ならけっこう見るがちびちび飲むのは珍しくて、酒器を扱う些細なしぐさになんとなく、どきっとする。
「いっぱい食えよ。サスケは細っこいし、これからもっと大きくならねえと」
「……ガキ扱いするな」
ぽん、と頭上で弾む手を払いのける。32歳と16歳、倍の年齢に意地を張っても仕方がないが悔しいものはどうしたって悔しい。ひと休みして風呂を使えば洗ってやるとか肩まで温まれとか、やっぱり世話を焼きたがるので水鉄砲ならぬお湯鉄砲で撃退した。
どうしてナルトは平気なんだろう、と思う。岩づくりの露天風呂はランタンが幾つか灯すのみ、薄ぼんやりと湯気もただよいなんだか古い映画みたいだけど、それでもあの時、よりは明るい。
太い頸根や分厚い胸元、幹のように安定した腿。成熟した大人の身体はサスケにとって目標の一つのかたちだったが、純な憧れとするにはヨコシマが過ぎている。こっそりと捉えるたび、へその奥で妙な熱がうず巻くようだ。
絞ったタオルで顔を拭くなどいかにもオッサン剥き出しなのにそわそわが落ち着かない。オレはいつもこの腕に、この身体に抱かれているのか。つまり率直に実況すれば、あそこがちょっと、硬くなっている。
(……にごり湯で良かった)
結果として肩どころか鼻の先まで温泉に浸かるサスケの真隣、火影様はフンフンフフフンと鼻歌まじりでご機嫌うるわしい。予報を超えた降雪量に「だったら泊まり!」と宿を決めた以上、山積みの書類は吹っきることにしたのだろう。
雨が降ろうと吹雪になろうとたとえば明日、隕石がやって来ようと。為すべきことを為し遂げるのが忍というものだけど、命と忍道を懸ける場所を間違ってはいけない。
この程度、と些か不服なサスケを諭し強くて賢い鷹を飛ばした。旨いモン食わせてやって、と書き添えていたから今頃は、相談役に肉でも貰っていることだろう。ほら、
「こっちおいで?」
そしてサスケは手招きされ、ナルトの脚に挟まっている。しずくを拭き取りブラシを通して下準備、ドライヤーは離してかざし根もとから。彼は最近、サスケの黒髪をどれだけつやつやに出来るか、に凝っているのだ。仕上げに冷風を当てられる。
「……さっき」
「んー?」
「さっき、言われていただろう。その、女を呼ぶかと」
「あぁ、」
その話か。もたれかけた背中越し、ぶぅぅと鳴る音に紛れこませた質問には常より低い声が応えて、眼で見なくともこれまでの時間が教えた。ナルトは今、曇り空の顔をしている。
「この辺には色街なんてねーのに、どっから連れてくる気だよ?そもそも色街にいる子たちだって色々あってってことだろうし……。なのに平気でそういうこと言うから、ちっと怒った」
「そうか」
「あぁあ!まだまだやること、いっぱいだってばよ!!」
沈黙したドライヤーが畳の上へ転がって浴衣の腹には両腕が絡む。揺ら揺らされるのはガキ扱いの極みだが、うなじを擦る鼻っ面こそ仔犬みたいだ。
甘んじるのか一発殴るか。振りあげたものの迷う手首を捕えられ振り返る同時、身体は布団に押し倒されて見上げる青がゆるやかに瞬く。
「なぁ。頑張れって、キスしてくれよ」
あぁ悔しい。あぁまったく、ほんとにくやしい。
あまたの優位をアッサリ捨てて余裕ヅラでおねだりしやがる。忍を教え世界を教え、好き放題に撫でくり回しておせっかいしてガキ扱いして、甘やかすくせ甘えるのだ。胸ぐら掴んでギュッと眼を閉じ、ちゅっと捧げた。
「……お前は大人で火影のくせに」
「あのなサスケ。大人はこういう時、年齢とか立場とか、そういうことは言わねえの」
「そう、なのか?」
「ベッドでのマナー違反っつーか……まぁ、今日は布団だけどよ。とにかくあんまスマートじゃねえな?」
お返しは下唇と上唇を上手に行き来する、カッコつけなキス。髪を梳き耳をあやすおおきな手にもぼぅっとなるが、残念ながら今夜はここまで。
急な宿泊に大張り切りの忍たちは部屋の前から庭の端っこ、火影のためにと徹夜ですみずみ貼りついている。ナルトもサスケも忍だから、シたい気持ちだって時に耐え忍ぶのだ。
「声を抑える方法ってか体位もあるけど、お前、感度上がってるもんな。我慢しすぎて窒息しても困るし」
「……るっせーよ」
「帰ったら教えてやっから。まだまだ他にも教えてえし、かわいい声、いっぱい聞かせて?」
あぁ。これぞまさに、悪い大人の典型ではないか。
囁くひびきを疼きごと蹴っ飛ばしたらかかとがくるり丸めこまれて、白いシーツにロックする。
仕方ないから二人きり、布団にぬくぬく引きこもってやる……と、サスケは大好きな体温に頬をうずめた。
夜明けまであと、6時間くらい。