サスケ、ゴムを買う~Return of seesaw-game~ ※R18

「……なんで、」

 ある日ある時ある場所で。
 いきなり、ナルトが雄叫んだ。

「なんでいっつも、オレなんだってばよぉぉぉぉぉっっ!!」
 ドアを一枚隔てていても肌がびりびり鳴るようだ。まったく、相変わらず無駄に力が満ちてやがる。就寝前の歯磨きの手を休め、サスケはふぅと嘆息した。
 こんな時間に近所迷惑だろうとか、そういった配慮はいつ覚えるのだろう。鏡の向こう、風呂上りの身体を心地良くTシャツに収めた若い男の眉が寄る。
 つまりある時というのは午後11時を越えた頃で、ある日というのは日中には太陽燦々な夏本番。そしてある場所とは、ふたりが暮らすこの小さな木造平屋の一軒家だ。
 無視しておくかとも思ったが、なにやら呟く気配は続いている。なんでなんで、オレばっかりとブツブツ言っているのだ。放っておいて、また暴発されたらたまったもんじゃない。奴は非常に自己主張が激しく且つけっこうなかまってちゃんなので、放置プレイは問題を大きくする危険を孕む。
「よぉ、ウスラトンカチ」
 ということで仕方なく、歯ブラシを咥え洗面所から顔だけ出した。白い滴を落とさないように注意する。床を汚してはいけない。あれは、なかなか無様なものだ。
「なんだ?買って来たんだろ」
 もごもご唱えつつ玄関に撃沈する金髪頭を見下ろせば、やがて暗闇に真っ青な光が瞬いた。スニーカーも脱がず前のめりに倒れこみ、恨めしそうな上目遣いになるが別に可愛くなんてない。
「……買って来た」
 いかにも重たげに持ち上げる腕の先、白いビニル袋がガサリと揺れた。よし、とまるでお遣いしてきたワンコを褒めるよう頷き讃えてやるが、それでもナルトは伸びたまま。
 いつもであれば、買って来た買って来た!と即刻シッポを振り、だからサスケ今すぐスんぞ!!と早速腰も振られる展開なのに、はてさてこれはどういう次第だ。
 しばらく窺ってみるものの、それでも様子は変わらない。いったん引っ込み口をすすぐ。オレンジとブルー、色違いの歯ブラシ(そうしないと奴が騒ぐ)をカップに放りこんでタオルで手を拭い、湿った髪も手で適当に整えた。それから改めて廊下に戻るも、ナルトはまだしつこく床と親交を深めている。
「いったいどうしたんだ?」
 尋ねてみても、ぷいっとソッポを向くだけだ。これはなかなか拗ねている。
 基本一途に溌溂としたナルトは、しかし一方で少々扱い難い面がある。なにしろ長年、サスケサスケェとめげずブレずに追い求めるほど執着心は強いのだ。歪まないゆえ真っ直ぐすぎて、とんでもなく深すぎる。自分の言葉は曲げねえから、曲がったヘソもすぐには戻らない。つまり、頑固者なのだ。
「何かあったのか、ナルト?」
 仕方なく歩み寄り、どうしたんだと名を呼べば少しだけ視線が上がった。膝を着いて、傍に寄る。しかし彼はやはり荒み切ってこちらを睨み、やがて唸るように吐き出した。
 見られた。オレは、見られたんだサスケ。
「ゴム買うとこ、ばっちり見られちまった……」
「…………そうか」
 その言葉に息を呑み、そして次の瞬間ドッと疲労する。なんだバカバカしい。いったい何をそんなにヘコんでいるのかと思えば、たかがそれ位のことなのか。
 触れかけていた掌を翻し、拳に変えてポカリ殴る。まるで緊急性も緊迫感も無いではないか。多少動揺した自分が情けない。
 今夜も熱帯夜だから、そのまま懐いていれば冷たくてちょうどいいだろう。どうぞひと晩ごゆっくり。
 明日は朝から、大名様のご子息がやって来る。木ノ葉の森で昆虫採集をしたいと仰せになっているそうで、サスケたち下忍もその手伝いをすることになっていた。
 つまりあらかじめ捕獲したカブトムシやクワガタを幹に配置し、さぁ若様あちらですよ、と導いてやりつつ籠に隠した蝶も解き放つ。里に大枚をもたらす為の、大掛かりな舞台に出演せねばならないのだ。
 暮らしの糧は必要だが、非常にたいへん下らない。ともかく集合は早いのだし、ここはもう、一人で勝手に寝てやろう。
 だいたい、今日はあまり乗り気じゃないと言ったはずだ。ナルトとこんな関係になって既にずいぶん経つが、最後まで致せばどうしてもサスケに負担がかかる。今日は手にしようと求めたのに、聞かなかったのはナルトの方だ。
 ちょっとだけ!一回だけだから!!
 あんまハゲシクしないからと拝み倒され、絶対だなと約束させてから風呂に行ったのだが、程無く悲痛な声が響き渡った。
『無ぇ!ゴムが無えぞサスケェ!!』
 あちこち走り探しまくって、家をドタバタ揺るがしている。何故だか冷蔵庫のドアまで開け閉めしていて眩暈がした。
『ここにも、どこにも無え!!』
 それはそうだ。夜の営みグッズをタマゴと一緒に保管している家庭があったら驚天動地だ。夏だからひんやりしていいですね、というものでもないだろう。
『そっか、ポーチの中……のは、この前外でヤッた時に使い切っちまんたんだっけ!?』
『ウルッセエぞこのドベ!』
 丁寧にあちこちソチコチ清潔にしながら、硝子越しにサスケも吠えた。
 帰宅する暇も無いシビアな任務の合間。張り詰めるがゆえ欲を漲らせたナルトに捕らえられ、木立ちの暗がりに隠れ性急に奪われた記憶が鮮明に蘇る。
 幹に背を押され足を抱え上げられ、愛撫も慣らすことすら疎かに押し入られた。それでもサスケだって飢えていて、感じる場所を突き上げられる度どうしようもない声が零れる。それを掌で封じられ、腹が立って歯を立てればむしろ嬉しそうに彼は笑った。
 オレもたいがいかもしんねえけど、お前だってスゲエよな。
『ぐちゅぐちゅ鳴ってんのサスケだって聞こえてるだろ?ホントどんだけ濡らしてんだよ……ナカも、めちゃくちゃ食いついてくる』
 荒い息遣いで吹き込まれるごと性歓は高まって、黒いインナーやカーキのベストまでたっぷりと汚してしまった。そしてそれを思い出せば、今もウッカリ反応し始めてしまう。
『無いならとっとと買って来い!騒ぐ前にさっさと行け!!』
 腹立ち紛れに意味も無く、掬った湯を頭から被る。その向こうでナルトが張り切って、りょーかいだってばよ!と頼もしく(いや別にこんなところで発揮しなくてもいい)夜の街へと飛び出していったのだけど。
 身体の奥、言えない場所にウッカリ熱が点ってしまい、このまま独り寝するのはなかなか侘しい。とはいえ当初の予定通りと思えば、自身ですら制御出来ないこの欲もなんとか納得してくれるだろう。
 首に掛けたタオルを取り、せめてと広げてやった。
 掛け布がわりになんてならないけれど、それでも襟元は暖めた方がいい。夏風邪は、けっこう長引く。
 少々年寄りじみた気遣いを残してから、サスケはくるりと身を返した。冷たい水を一杯飲んで、それから明日の行程表にもう一度目を通しておこう。
 しかしその踵が、ガシリと大きな手に掴まれた。
「待てよサスケ。どこ行く気だ」
 口唇を尖らせ、不機嫌を剥き出してくる。
「オレはもう寝る」
「コレ買って来たのに、使わねえで寝ちまうのか?」
「さっきから延々、床と仲良くしてんのはそっちだろうが。溜まってんなら、そのまま擦りつけてろ」
 らしくない赤裸々で言い返すのは、やっぱり少々残念だからかもしれない。そして、倒れこむ彼を心配したのにその原因があまりに下らないものだったから、なんだかイラッとしてしまったのだ。
「だいたい、見られたくらいで何故そんなにダメージを受ける?大人の、しかも男が買って何もおかしくないだろう」
 ごく当たり前に、極めて整然と述べるのがナルトのささくれを煽ったらしい。
 じゃあお前、誰に見られてもそう言えんのか?
 いつまで経っても変わらない、相変わらずな喧嘩の一歩手前。きつく見据えて吐き捨てて、解っていない、わかってくれないと訴えている。
「なら、いったい誰に見られたんだ?」
「誰だとう思う?」
 被り問い返されて、そういえばと首を捻った。さて、ここまでナルトをヘコませた強者は果たして誰だろう。
 ばっちり見られて困ったなら、やはり女性だろうか。確かになかなか気まずいかもしれない。五代目火影なら、なんだこれからお愉しみかい若いってのはいいねえ!と豪快に笑い飛ばされるだろうし、シズネみたいな妙齢のお姉様に見つかるのもちょっとナンだ。
 同期であれば、超越した瞳で微笑みそうだ。いのやサクラはもはや悟りを開いている。ヒナタだったら真っ赤になって向こうが引っくり返りそうで、困った程度の問題では無くなるだろう。日向一族が怒りに燃える白で取り囲みそうだ。
 とはいえ、彼女たちだって大人の女性である。木ノ葉は忍里であるためか、事実婚や授かり婚には寛大だ。仕組みより、命を継ぐことに重きを置いている。しかし一線で活躍するくの一たちは、ウッカリしまったで安易に宿してしまうわけにもいかない。詳しくはもちろん知らないが自衛に努め、ゴムの大切さだって熟知しているはず。
 つまり恋人同士が愛を交わす(自分でも恥ずかしい言い回しだが)当然として、殊更蔑んだり騒いだりはしないだろう。
(ということは、男か?)
 確かに、キバあたりならけっこう喜びそうな案件である。 
 どれ買ったんだ?スースーすんの、けっこういいぜ。
 ここぞとばかりに食いついて、極うすだの光るのだの、無駄な知識を披露するだろう。下手をすれば、
『なぁナルト。サスケのケツのためには、コッチの潤いたっぷりがいいんじゃねえか?で、あったかい方にしろ』
 などとデリカシーも無く薦めてきそうである。そして恐ろしいのは、ナルトがそれに乗っかりそうなことだ。そう、キバありがとな!と大喜びしかねないではないか。
 シカマルなら肩を竦めて終わるだろうから懸念はない。
 チョウジには以前、セックスについてあたたかいアドバイスを貰ったことがある。だからナルトにだって、女の子には優しくしてあげるんだよ、とやはりおおらかに笑うはずだ(今もって彼は自分たちのぶっ飛んだかなりの友達っぷりに気が付いていない)。
 シノは内に秘める男だから、何かを思ってもひっそりしている。となると、問題はリーだろうか。しかしこちらが何か言う前に、深夜の腕立ておよび逆立ち修行に飛び出してくれそうだ。ストイックに煩悩と戦う美しき碧い野獣は、残念なくらいいつもブレない。
 結果、同期の男どもでも許容範囲内だろうと結論づける。そもそも気安い仲間なのだから、せいぜい次の飲み会でつつかれる程度だ。そしてもしそうなれば、黒に赤を閃かせその場を制してやる気満々である。
 では、そうなると。
 残る可能性を手繰り寄せれば、さすがに少々胃が軋んだ。
(つまりカカシか、それともイルカ先生……)
 確かに、それはかなりハイレベルだ。幼い自分たちに一から教えた恩師と、忍の第一歩を鍛えたリーダー。そして男としての先輩でもある。彼らに見られるのはさすがに気まずいだろうなと、サスケだって想像がつく。
 とはいえ、向こうには大人ならではの余裕があるはず。教師という立場がら生真面目な印象の強いイルカだが、だからこそそこを突き取り繕うことは出来る。
 いえ。セーフセックスの基本ですから。
 何を恥じることがある、と堂々としていればいい。そうすれば、特には何も言わないだろう(まぁこういうサラッとした態度がナルトに出来るとは思えないが)。
 ニヤニヤと茶化しそうなカカシなら、こっちだって笑えばいい。どうせ、そっちだってしょっちゅう使っているくせに。
「それとも羨ましいのか?」
 二次元ばかりで三次元はゴブサタかといなせば、やれやれとそれ以上の追求はしないだろう。
 カカシは重く複雑な過去を経ているからこそ、無駄な干渉はしない。思えば自分をワイヤーで縛りつけ窘めたあの時すら、彼にとってかなり異例だったはずだ。
 サスケがこうして木ノ葉へ戻り、そして忍に復帰して以降も多くを語らない。極端な感慨にも耽らず、飄々と接してくれた。それは大きな救いであり許しだったが、さておき、今は浸っている場合ではない。
 思考を重ねるサスケをナルトはじっと待っている。何も言わない珍しい気長は、自分が間違えれば即刻騒ぎ立てるためだろう。
 ブー。バッカだなあサスケ!
 膨れっ面など放っぽりだし、大喜びで手を叩くに違いない。
「なぁ。誰だか当ててみろって」
 やがて、黙り込むのを促してきやがる。なんだこれは、ちょっとしたクイズか。見られて減ったヒットポイントいやチャクラはいつの間に回復したんだこの絶倫が。
 それを放っておけば良いものの、しかしつい乗っかってしまう。対象がなんであれ、ナルトにはどんなことでも負けたくなかった。
 他人が見れば、エッそれだけ?ときっと呆れてしまうだろう。だがどんなことでも、自分たちの日常は意地っ張りありき。譲れない誇りを掛けたシーソーゲームなのだ。
 懐かしい顔、ナルトに導かれ戻ってから出会った新しい顔。
 さまざまな人々を脳裏に浮かべそして消し、これぞ、という人物にピントを定めた。
 同期ほど気楽ではなく、敬意や遠慮は不要。そして見ず知らずではなくそれなりに関わる人物。となれば、おそらくこの辺りか。
「……イズモか、コテツ」
 もしくはゲンマ、と続けようとする矢先。
「ハイ残念!大ハズレだってばよサスケ!」
 案の定、ナルトはニカッと歯をみせた。唐突に起き上がって、早速スニーカーを脱ぎ捨て散らかす。
 まったく、なにがハイ残念だ。残念なのは、いっこうに暮らしのマナーを身に着けないお前のそのだらしなさだ。
「へへっ、やっぱサスケも解んねえんだ」
 そして、あっ今日はお買い得のにしといた、と恥ずかしげも無く袋からブツを取り出し捧げてくる。何がアソートだ。何が人生が変わる0.02ミリだ、コンドームに人生変えられてたまるか。
 ナルトはもはや、すっかり根本を忘れはしゃいでいる。そして結局答え合わせも無いものだから、早速突き出された口唇を遮った。
「……で?」
「……何が、で?」
「それで、誰に見られたんだナルト?」
 掌の下、むぐっと言葉が圧し潰れる。くぐもった声が更に籠もり、頬もひくりと引き攣った。どうやら、やっと思い出したらしい。
 サスケが腕を引いても追いかけず、こどもみたいに膝を抱えた。はぁ、と三角の狭間に吐息する。そしてついに、とある人物の名を挙げた。
「……ぃちょう」
「アァ?」
「ヤマト隊長、だってばよ!」
 ぼそぼそした答えに瞬間逆立ったが、ハッとなって眼を瞬く。そうか。ついうっかり、すっかりその存在を忘れていた。
 
 ―――――うわあ。

 非常にサスケらしからぬ、カジュアルな三文字がどどんと浮かんだ。
 確かにそれはマズい。嫌だ。とてつもないプレッシャーだ。
「何か……言われた、のか?」
 特徴的な猫目が脳裏を過ぎる。一見穏やかに映るが、長く暗部に身を置いた由縁か底知れぬ凄みを湛えた人物である。
 木ノ葉を抜け大蛇丸の元で力を蓄えていた時期に短い邂逅があったが、ぶっちゃけその時の印象はそれほど無い。木遁使いより腹を露出した男より、成長したナルトの姿にテンションを上げてしまったのだ(それでトンと舞い降り肩に手を添え囁いてしまったのは、今や天照したい過去である)。
 だから彼に対する印象は、こうしてここに戻ってから。どうにも掴み難くやり難いと、つい警戒を抱く相手だった。
「その……相手は誰か、聞かれたとか」
 怖々聞くが、ナルトはぶんぶんと首を振る。そしてもはや半泣きになった。まったく、さっきのあの能天気はどこへ行ったのか。
「別に、何も言われてねえ」
「……そうか」
「ただ、やぁナルトって挨拶されただけだってばよ」
「それだけか?」
 慎重に重ねれば、ウンと金髪が傾く。あぁなんだ、それだけか。ホッと憂いが溶け消えた。
 今は上忍として活躍するナルトだが、いずれ火影の座につくことは誰の目にも明らかである。忍たちも里人も、それを求め応援していた。
 だからこそ、自分とのこんな関係を続けていていいのだろうかと時にサスケは悩むのだ。同期たちはほとんど知っているし、他にも薄々察している人間はいるだろう。表立って指摘され糾弾されることは無いものの、それがいつまで続くかは解らない。
 暗黙では許されていても、はっきりと示せばどうなるのか。そういう点でもヤマトと聞いて心配したのだが、どうやら彼は流してくれたらしい。今は、かもしれないけれど。
 とにかくこれで一件落着。
 ではさて、というわけでも無いが、晒された極彩色の小箱を掴み上げポンと小突いてやった。
「なら、それでいいじゃねえか。あまり深く考えるな、らしくねえぞ」
 こうなったら時間が惜しい。ヤることをさっさと致して本能を満たし、ぐっすり眠って明日に備えよう。
 そう思えばふいに肌が熱を帯びた。一回だけ、激しくはしないと誓ったが果たしてそれで収まるのか。自分しか知らない青は、いったん熾れば簡単には鎮火しない。回数は破らなくても、きっと勢いには嘘を吐く。止めろと言っても揺さぶられ、一回の交わりで何度でも極めろと強いてくるはずだ。
(サスケ、どんどんヤラシくなるな)
 つい最近、また違う絶頂を覚えたら嬉しそうに笑っていた。
先端ばかりを責められて、知らない感覚に泣き喚く。我慢出来ず精とは異なる透明なものを初めて吹き上げれば、自分の身体が恐ろしくなった。シーツを汚す大きな染みが、ただもう恥ずかしかった。
(大丈夫だってばよ?気持ちよくなっただけで、おかしくなんてねえから)
 違うから、怖くないからと説かれたが何と言われても居たたまれない。枕を投げ、目覚まし時計で殴りつけた。それでもナルトは微笑んで、髪を撫でぎゅっと抱き締める。包み込んで眼元を擽り、ゴメンと大好きを繰り返すのだ。
『エロいのも、フンッてすんのも。怒ってんのも笑ってんのも、どんなサスケだってオレは最高に好きだってばよ』
 その声が蘇れば、腹の奥が不思議に絞られる。自分にしか解らない感覚だが、ナルトを欲しいと感じれば合図みたいにキキュンと鳴くのだ。
 しかし、それは自分勝手だったのか。パンッと音が弾け、ギッシリ詰まった小箱が廊下に転がった。
「……だいたい」
 じとっと呟き、また恨めしそうに見上げてくる。どうやらヤマトに見られたことが、よほどショックだったらしい。何も言われなかったからこそ堪えている。これでいて、この男はけっこうナイーブだったりするのだ(と、ごくたまに感じないわけでもない)。
「だいたいサスケのせいだろ?いっつもオレに買いに行かせるから、だからオレだけこんな目に遭う。ズルイってばよ」
 そして矛先を転換させるものだから、サスケも眼を眇ませた。狡いとはなんだ。何故、オレが責められなきゃならない。
「したいって言うのは、いつもお前の方だろうが」
「サスケだって、たまに誘うじゃねえか」
「半年に一度くらいの稀をあげつらうな」
 沸き立った欲望が、別のものにすり替わる。ねちねち責めるのはナルトらしくない。それがまた嫌でため息混じりに諌めれば、俄かがばりと身を乗り出された。
「半年じゃねえ!前にサスケが欲しいって言ったの2月の21日だ!あ、オレが雑誌見ていろいろ試そうとした時な。仲直りに、シたくてたまんねえって言ってくれた!」
「……日付まで覚えているのか」
「当然だろ!?で、この前もお前から触ってきた。疲れてるからシたくならないかって、擦ってきたろ。あれが7月3日な?つまり4ヶ月と、」
「無駄に記憶してんじゃねえむしろ怖いんだよ!」
 ぞぞっと背筋が粟だって、ウッカリ叫んでしまう。深夜近くにたいへん迷惑だろうが、これが荒ぶらずにいられるか。本当に、コイツはなかなか恐ろしい。
「それにさ、オレがテレビ見てると黙ってくっついてきたり、明日は早いのかって聞いたりするだろ?口じゃ言わねえけど、ジッて見てシたがってる」
「それはお前の勝手な解釈だむしろ妄想だ」
「ふうん?なら、これからはそういう時、オレからシよって言わなくていいんだな?それに、オレはそのままで全然構わねえんだ」
「ア?いったい、誰のためのゴム無し禁止だ」
「サスケのためだろ。お前が嫌だっていうから、オレがいつも買って来てやってんのに」
 ひといきに切り捨てても凄んでも、余裕ぶって優位に立とうとする。クソッ、負けてなるものか。こうなれば理詰めだ。攻勢の糸口を掴み、一気に畳み掛ける。
「後始末うんぬんが問題じゃねえ。こういうのは、むしろお前にリスクが高い。だからゴムは絶対だと、オレはそう言わなかったかナルト?」
「だから、オレはそんなの気にならねえの!オレもサスケもハジメテ同士だったから、他なんて知らない。なのに、なんでそんなこだわるんだよ。だからオレが今日みたいに、」
「甘ったるいこと言ってんじゃねえぞ!」
 幾度もその意義を語ってきたつもりだが、認識の低さに腹が立つ。目の前のTシャツを掴み、思わず怒鳴った。
「男同士でスんのを舐めるなナルトォ!いいか。ソコは菌だらけなんだ。わんさかだいちょ、」
「止めろサスケェ!」
 大慌てでナルトが両耳を覆い、またまた雄叫ぶ。
「止めてくれ!オレはまだ、お前に夢をみてえ!!」
 おい、夢をみたいとはどういうことだ。そもそもセックスに夢なんてあるか。お花畑でキラキラが舞い、甘い音楽が流れるわけではないと充分知っているくせに。
「お前は断固拒否するが、本当ならオレだって着けるべきなんだ。オーラルの時もそうだ。虫歯でもあればてきめんで、それは男女間でも変わらない」
「……なぁサスケ。お前、なんでそんな詳しいの?」
「この前、下忍向けのセミナーに参加した。ちなみに講師はサクラだ」
「うわぁ……。オレってば、サクラちゃんにも夢見続けてるんだけどな」
 遠い眼になりしんみりと悲しんでいるが、嘆きたいのはむしろ彼女だろう。
『サスケくんはもちろん大人だけど。それでももう一度、改めて知っておいて欲しいの』
 思い詰めた顔で要綱を差し出したサクラこそ、きっといつまでも夢をみていたかったに違いない。
「夢だなんだって、お前はいつも、何でも甘いんだよ」
「甘いのはサスケの方じゃねえのか?ゴムがそんなに大事なら、お前一回買って来いよ。自分で買ったことねえから、オレの気持ちわかんねえんだ」
「だから、ヤリてえって騒ぐのはお前だナルト!」
「へぇ!?我慢できねえって、疼かせてるくせに。早く早くって、いつも啼いてんのになサスケは!!」
 逸れていないのかそれともブレまくっているのか。もはやこの問答は、双方訳がわからなくなっていた。
 こう言えばああ返す。そう戻るから、もっと突きつける。
 息が合うからこそ無駄に盛り上がり、むちゃくちゃに罵り睨み合った。負けたくなくて、どうしようもなく意地を張る。
 やがてナルトがおもむろに親指を噛み切り、叩きつけるよう手を付いた。
「口寄せの、術ッッ!!」
「てめえ!いきなりなんのつもりだ!?」
 ぼふん、と湧いた煙を払いながらサスケも意識を凝らす。
 屋根も低い、このちいさな家にあの巨大なガマ吉が現れたら何もかも吹っ飛ぶだろう。ここは自分たちの大切な住まいなのだ。牢から解き放たれた自分を迎えるために、ナルトが用意してくれた場所。ここで一緒に、ずっと生きていこうと誓ったのに。
 やっとふたりきりになれた。長かったなと鉄格子に隔たれた月日を思い、そして初めて抱き合った。どうすれば良いかも解らずただ夢中で、お互い痛い痛いと喚きながらそれでも必死に繋がった。それから毎日笑って喧嘩して、仲直りしてじゃれ合って暮らして来たのに。
(あぁ、そうか)
 そうだ。そもそもこの心地よい木の家を建ててくれたのは、ヤマトだった。だから、彼に見られたからといって今更だろう。何もかも、解ってくれているだろうに。
 ナルトはすっかり、喧嘩のキッカケを忘れている。ただひたすら、サスケに苛立ち怒っているのだ。
 どうする。アオダを呼ぶべきか。
 しかし所詮は痴話喧嘩。自分を律儀にサスケ様と呼ぶ、あの実に紳士的な大蛇を巻き込むのはどうにも気が引けた。
 もくもくと白が広がり天井に広がる。しかし一向に破壊されないそこにあれ?と瞬けば、足元から可愛らしい声がした。
「ナルトにーちゃん、オヤツくれるの?」
 場違いに、のどかにぴょんぴょん跳ねている。以前、ベビービー佃煮を受け取りに現れた(いや、押し付けられるため呼び出された)ガマ竜よりももっと小さい。サスケには蝦蟇の見分けはつかないが、弟だったりするのだろうか。
 無邪気に喜ぶ小さな蝦蟇(というより大きなカエル)を、仏頂面でナルトが撫でる。イボイボの咽喉をあやしてやり、そしてあろうことか、あの小箱を差し出したのだ。
「悪ぃけど、これどっかに捨てて来てくんねえか」
「おい、ナルト!?」
「ごめんな?オヤツは明日、いっぱい用意しとくから」
「これ、なあに?」
 水かきの張った手を開き、受け取ったちびガマが首を傾げる。ちょっと待て。いくら人間ではないとはいえ、そいつはまだガキだろう。大人の小物を渡していいのか良いわけがない!
「何してる!?」
「捨てたら、美味しいのくれる?」
「あぁ。ガマ竜やガマ吉、親分たちの分もたくさんな」
「ふぅん……。じゃあボク、そうする!」
「馬鹿が!アッサリ乗せられんじゃねえ、お前はそれでも妙木山の蝦蟇一族か!?」
 無邪気な様を叱責するが、当然完全なる八つ当たりである。ちびガマはすっかり怯え、ひしとナルトに張り付いた。
「ナルトにーちゃん、この人怖い!」
「だろ?こいつってば、たいがい凶暴なんだよ」
 おいふざけるな。いったい誰が凶暴だ、主人公補正でどろどろブラック面を上手に隠し世間一般から元気で友達想いな明るい少年と15年間支持された性悪が!!
 ばいばーい、と手を振りおチビは還っていく。お買い得アソートをしっかり抱えて、じいちゃん仙人や料理上手(※但し虫に限る)のおばさんたちが待つ故郷へと、楽しげに帰宅した。
 いったい……いったいどういうつもりだ、ナルト!?
 想像を超える一種ルール違反とも言える遣りように、サスケはいっそう怒りを滾らせた。もう、口を開くことすら腹立たしい。だから赤を開いて六弁も咲かせれば、最もその恐ろしさを知るはずの彼が悠々と嘯くのだ。
「じゃあ。そういうことで、おやすみサスケ」
「―――――!?」
「だって、ゴムが無えから今日は出来ねえもんな?そんでオレ、もう買ってなんて来ねえから」
 だから明日もあさっても。来週も再来週も、来月だってずっとオレたち出来ねえよな?
「さっきお前、すっげえシたそうにオレのこと見てたけど。我慢出来ねえなら、そっちこそ床で擦って出せよ。まあサスケは腰振るの慣れてねえから、巧くイケねえかもだけど」 
「……てめぇ」
 これまで、ナルトが受け入れる側である自分を蔑むことは決して無かった。はじめての夜もソコの快感を覚えた時もこの前も、彼はいつも大丈夫だと笑ってくれた。気持ちよくなってくれて嬉しいと、大切そうに触れてくれたのに。
 だからこそ、その怒りの深さを知る。いったい何がタガを外したのか。
 Tシャツの背を翻したナルトが、床に落ちる白いタオルを突き返す。サスケが覆った些細な優しさをも拒絶するのだ。
「睨んだって、ちっとも怖くねってばよ?豪火球でも千鳥でも、天照だって麒麟だって構わねえ。須佐能乎出すつもりなら、オレだって九喇嘛に助けてもらうから」
 サスケとは異なる、もうひとつの絶対的な強さ。いや、その核である毅い青で一瞥し、やけに悠然と歩み去っていく。
 あぁ。この光景は、幾度か見た。立場は逆だったけど、繰り返した一幕だ。
 記憶をなぞるように、やがてバタンッと扉が閉まる。程無く、鍵を掛ける音もガチャリ鳴った。
 そうか。そうだったんだと、サスケは思う。
 馬鹿みたいな喧嘩の続きでも、それはこんなに切なくて淋しい。たったひとりの片割れの心が閉ざされた、その証の響きなのだ。

  ◇

 それでもなんでも、日常はサラリと過ぎていく。
(さすがに、ちょっと茹で過ぎたか……)
 ガラスボウルに泳ぐ白を眺めながら箸を置き、さて素麺の残りはどう活用すればいいんだろうな、と実に現実的に憂慮した。
 今日の夕食は素麺と冷やしトマト、それから冷凍ご飯をチンして作ったおかかお握り。タンパク質が欠如していて良くないとは思うものの、どうにも最近、食欲が減退していた。
 腹が立つほどの猛暑は続いている。そんな中川辺で草刈りなんてさせられたものだから、シャワーで汗を流しても身体はまだ火照っていた。台所に長時間立ち、手間をかけた料理をする気になんて到底なれない。
 しかも、数日前からナルトは不在だった。一人きりだから、食事なんてどうでもいいと思ってしまう。
 そういう点でも、誰かと共に暮らすというのは価値があるのかもしれない。相手を大事にすることで結果自分も労わり、そしてふたりに還っていくのだ。
 まだ落ちない赤い光にぽつんと照らされながら、シンと静かな部屋を眺める。ナルトは明日戻る予定だ。だからこんなひとときも、今晩まで。
 帰って来たら早速ハグしてキスをして、会いたかったと騒ぐだろう。土産物をたくさん並べ、任務先で起こった出来事を何から何まで全部話してくれるはずだ。そう、いつもだったら。
 先日のゴム購入に関する悶着以降、自分たちの喧嘩は続いている。ルールに沿って夕食を支度し片付けて、交替で風呂を使って別々に眠る。実に整然と流れていた。
 任務だって問題は無い。昆虫採集にやって来たご子息も、実に優秀な少年だった。たくさんの虫が集う不思議をすぐに見抜き、お手間をかけましたと苦笑しながら礼を言う。
 父が主催する、恒例の夏祭りがもうすぐあります。
 今日の御礼に皆さんをぜひ招待したいと述べ、その引率に指名されたのがナルトなのだ。いち忍ではなく、未来の火影としてうずまきナルトと縁を結ぼうとしている。
 まったく、腹が立つ程賢しい子供だった。木ノ葉としても意義ある誘いだからそれに乗っかったが、果たして彼はその辺りをきちんと認識しているのか。
 困ったことがあったら、いつでも言えよ?
 すぐに来てやるからな、などと安請け合いしないだろうか。そんな当たり前の言葉がいつか自身を縛る約にも成り得るのだと、わかっているのだろうか。
 だから一緒に行きたかった。無邪気な言動には注意を促し、調子に乗り過ぎれば戒める。怒鳴って殴って背中を蹴る。
 本当は傍で支えたい。どこでだっていつだって、ナルトと並んでいたいのに。

 ―――――ゴメンな、サスケ。

 旅立つ朝。いつものように上忍服を纏いブーツに足を収めながら、ナルトはぽつりと呟いた。
 やっぱり、まだ無理だって。サスケが木ノ葉に囚われたままの事実を負って、背中を向けたまま詫びてくる。
 それはすべて、自分が選んだ結果だ。少年の頃歩んだ過程が今を連れて来たのだが、それでもナルトはゴメンという。まだ解き放てないことを、忍として存分に生きられないことを悔しがり、叶えられないと苦しんでいた。
 馬鹿みたいな冷戦を続けながら、それでも向けられる言葉がひどく沁みた。こんな時だからこそ、より深く届いた。
 そうだ。誰よりもナルトが一番、サスケと対等でありたいと願ってくれる。下忍を低く見ているわけではないし、この家では自分たちはいつも同等だ。
 でもやっぱり、解りやすい同じでいたい。そうして一緒に未来へ駆けようと、何度だって繰り返すのだ。
 自分たちに上下はない。喧嘩の勝ち負けはあっても、並び立ち翔る双翼なのだ。それこそが本来で本当で、もっとも自然で当たり前のこと。
 それと違うのだろうか。凸と凸が繋がるにはかたっぽの凸を無理やり凹にしなきゃ嵌らないけど、だから凹は凸より劣るのか。凸だけが凹に収まりたいと、包まれたいと欲を持つのか。
 そう、致し方ないポジションはあるけれど、セックスはフェアの上に成り立っている。互いに互いが欲しいからいつまで経っても飽きず求め、ただ抱き合っているはずなのに。
 それなのに、あの晩自分はなんと言った?
『したいって言うのは、いつもお前の方だろうが』
『だから、ヤリてえって騒ぐのはお前だナルト!』
 それはただのいがみ合いで少しの照れ。それから、どうしても残ってしまう葛藤とひそかな劣等感が原因。だから必死で保ちたくて、お前が欲しがるからと言い訳している。
『ア?いったい、誰のためのゴム無し禁止だ』
 本当にそう思うなら、自ら用意したっていいはずだ。リスクを負ってでも繋がりたいと望むナルトのため、望まれることで満たされている自分のために、ふたりの不可欠を備えることは当然の買い物だ。全然、ちっとも恥なんかではない。
 がたん、と椅子を引いて立ち上がる。めんつゆの入った100均商品と箸を急いてシンクに運び、とりあえず水に浸した。食べ残しの素麺にはラップを貼る。もしかしたら笊に移したりまたは冷蔵庫に入れるべきかもしれないが、そんなこと今はどうでもいい。それどころではないのだ。
 そうだ。あまり考えるな今のこの衝動に身を任せろ。
 でないと、限界ぎりぎりまで腹を空かせるあまり襲いかねない。そのままでいいと危険を犯し、帰宅したナルトをひん剥いて跨ってしまいそうではないか!
(十日以上開くと、オレだってキツいんだ!!)
 財布をしっかと握り締め、サンダルをつっ掛けてサスケは飛び出した。家路を急ぐ人々を縫い、淡い夜に染まった木ノ葉の里を駆け抜ける。
 気負いすぎるな何をためらう。緊張なんて、オレはまるでしていない。
(別に、べつにナルトのためなんかじゃないんだからな!)
 浮かべる言葉はもはやツンデレ染みている。こうなったら、自分が欲しいから自分のために買うのだと開き直った方がいい。ナルトのナルトさんのためだと思うから、なんだかなぁなのだ。ぶっちゃけ万端装備し押し入ってくる瞬間まで浮かべてしまうので、恥ずかしくなってしまうのだ。
 忍走りには及ばないが、ジョギングにしてはあまりに本気過ぎる速度を保ち目的地へと到達する。脳内もすっかりアスリート状態だったが、いやだからこそ、自宅から最も遠い二十四時間商店を選んでいた。この辺りが、やはりうちはサスケであると言えよう。
 どうせナルトの奴は、何も考えず最寄りに飛び込んだに違いない。ずいぶん里外れにある店舗だから、ここなら同期にも師にも、あの元暗部にだって見つからないだろう。
 自動ドアから踏み込めば、レジには爺さんが一人佇むだけだった。土地活用の一環としてなんとなくフランチャイズ契約を結んだような、どこかぼんやりした風情をしている。
 同じ系列の店では最近こぞって手書きポップでアピールしているが、ここにはまったく工夫など無い。むしろ潔いくらい、淡々粛々と営業している模様だ。サスケにとって、実に相応しいロケーションである。
 もともと必要な物だけを買い、無駄な徘徊はしない性質だ。それに歩き回れば張ったテンションも弛みそうだから、とにかくターゲットへ立ち向かう。余計な行動と思考など、今は一切不要で無用。
 こんな小さな店でも種類や値段にバリエーションは揃っていたが、一品一品ジックリ吟味する必要など無いだろう。ナルト的には適度な使用感があり、サスケ的には確実な強度を持ってさえいれば充分なのだ(違和感を覚え事後あれ?と確認すれば、なんということでしょうバッチリ破れていました、で青褪めるのは恋人たちのあるあるなはず)。
 サッと棚から抜き取り、素早く裏面に眼を走らせる。同時に表示も確認し、流れる動作でよりお安いものへ転換する柔軟も発揮した。その時黒が至高の赤に染まっていたのは、それだけ本気だという証だ。
 選んだ箱には、やはり人生を変える0.02ミリの記載があった。どうやら妙なご縁があるようだが、人々はそんなにも人生を変革させたいのだろうか。過度な期待を寄せられるゴムも、けっこう大変かもしれない。
 掌に包み持ち、家を出る前に確認した財布の中身を脳裏に浮かべる。大股で歩み寄るが、爺さんは眠そうに【ひやし中華始めました!】の横断幕を眺めていた。既に【マロン&ポテト・初秋のスィーツフェア☆】が始まっているだろうに、それでいいのか大丈夫か、いや問題あるだろう。
 ばんっとその前に小箱を置き、指を閃かせる。まるで手裏剣を構えるがごとく小銭を挟み、右から左へと流れるように配置した。つまり、爺さんからすると左から右。視線の動きに適い、よりスムーズに確認が出来る配慮だった。
 さぁ、これでどうだ!
 釣り銭をゆっくり数えそうな相手だからこそ、価格ぴったりに支払いをする。いやいや別に、ここへ来て今更居たたまれなくなんてない。少しでも早く終わらせたいなどとは、ひとかけらも思っていないのだが。
 遠くを見ていた爺さんの目が、ようやく客の顔へ定まる。
しげしげとサスケを見つめてから、いらっしゃいまーせと間延びして呟き、しかし滑らかに商品を読取った。ピ、とバーコードが通る音も鳴る。
 そうだ。そうだ、それでいい。
 こんなにも簡単なことじゃないか、と無意識で張った力を抜く。ホッと息を吐けば、今までの自分がとても馬鹿馬鹿しかった。たったこれだけのことに拘り、ありふれた買い物をどうして拒んでいたのだろう。
 確かに、あの棚の前で誰かと鉢合わせするのは気まずいだろう。だからこうして、環境さえ整えれば万全なのだ。
(ナルトが戻ってきたら、これからはこの店にしろ、と教えてやる)
 自分がゴムを買うことが、奴の言いなりだなんて思わない。
『したかったから、買っておいた』
 ストレートにそう言えば、きっと彼は喜ぶはず。不可欠の備えは欲望の証でもある。だけど今まで、サスケはそうしなかった。意地っ張りとささやかなプライドが邪魔をして、出来なかったのだ。
 だからこそ、ナルトははしゃぐだろう。ぎゅっと抱いて、嬉しいとキスをする。すぐにしよう、たくさん使おうなと笑って、そして仲直り出来るはずだ。
 きっと明日の夜は、激しく盛り上がるに違いない……。
 だから、今夜はセルフを我慢しよう。正直手を動かしたいが、ぎりぎりまで溜め込んだ後の開放感は壮絶だ。出したい、もう出ると訴えても、きっとナルトは苛めてくる。
『まだダメ。オレがいいって言うまで、漏らすなよサスケ?』
 既に体験し知っているからこそ、まるで自虐のように堪えることに昂ぶってしまうのだ。
 オイ。やっぱり、もしかしてオレはすっかりMなのか?
 またもやな不安を思い浮かべるが、そんな妄想をしている場合ではないと改めて気を引き締めた。
 そうだ、任務はまだ終わっていない。ビニル袋をポケットに詰め込み、家に帰ってから。いや、それを着けたナルトに貫かれやっと完遂するのだ。
 妙に盛り上がった心を諌めるサスケは、しかしそこで、ようやく気が付いた。なんだか妙にレスポンスが遅いなという、重大な事実に。
 違和感に押され、怖る怖る視線を下げる。そこには至極丁寧に、一枚づつ硬貨を数える萎びた指先があった。
 しかも何か間違えたのか、小さく首を捻ってレジに向き直る。オイ待て。オレは間違いなくぴたりと代金を用意したんだ、写輪眼を疑う気かうちはをナメるな!
 爺さんが何故かボタンを押し、ピーッと音を響かせる。一度では飽き足らず、二度三度と繰り返しやがった。
 その都度サスケの頬は引き攣り、巴を浮かべた眼が眇む。早くしろ、と胸倉掴んでやりたい気分だが、そんなことをすればモンスターカスタマーと相成ってしまうだろう。
 だから必死でイライラを堪え、チラチラと周囲を窺いつつ亀さんもとい爺さんの仕事を待つ。幸い、自分以外客の姿は無い。素晴らしく閑古鳥な店舗だった。
 しかし。サスケを襲う凶事は、実は内部に潜んでいたのだ。
「あー!?やっぱり、間違ってるぞコレ!」
 レジ奥のドアがばんっと開き、元気な声が響き通った。すっかり伸びた身体にストライプの上着を羽織り、キビキビした動きでオーナー(このユルさで雇われなはずがない)に並ぶ。
「だから、割引の時は先にこっち。で、それから……」
 様子を確かめながら、焦らず示し教えている。そんな姿にふと祖父や叔父が重なる程、ずいぶん成長していた。マフラーを靡かせナルトの後を追いかけていた小さな少年ではなく、立派な一人の忍だった。
 オイ。だから、なぜ忍がここにいるんだ。忍具ではなく、どうしてレジを扱うのだ。
 想定外の動揺に、サスケの思考は一時停止を余儀なくされた。そしていったん操作をキャンセルした彼が、改めて小箱へと手を伸ばす。
 どうする?いっそこの場を立ち去るか。
 いや。だからおかしくなんてない、これは必然の購買行為だ。たとえ相手が女性だろうとお年寄りだろうと、歳下の悪ガキだったとしても。誰に見られても恥ずべきことではない、そうだそのはずだ!!
「お待たせしまし……あ、サスケ兄ちゃん!」
 未だ幼い目がきょとんと開かれ、それから途端、嬉しげな笑みになる。なんだ、ずいぶん可愛い顔をするじゃないか。
 だから自分は大人になった。落ち着いてサラリと微笑み、口唇を持ち上げかけた、ら。
「元気だったか、木ノ葉ま……」
「人生を変える0.02ミリ、異次元の密着感!!さすがナルト兄ちゃん、けっこう高級嗜好なんだなコレ!」
 ……いや。そこは讃えるところじゃない木ノ葉丸。
 違う、ツッ込むべきはそこではないぞオレ!!
「あ。こういうのって、すぐに出来るもん?実は不安なんだけど、練習とかしといた方がいいのかなコレ?ナルト兄ちゃんは自分で着けんの?それとも、サスケ兄ちゃんが被せてあげてるのか!?」
 お年頃らしい興味で目を輝かせ、身を乗り出してくる。それとこちらを交互に眺める爺さんの顔にも、小さな好奇が窺がえた。おいジジイ。やる気の無い態度はどこへ行った、しょせんお前もただの男か。
 きらきらを纏わせる少年と小鼻を膨らませる爺さんに、進退が窮まる。頼むから、せめて袋で覆い隠してくれ晒したままにするんじゃない!
 とにかく渡せ!!とぶん捕ろうとしたその時。ぽん、と肩で、軽やかな重みが跳ねた。
「やあ、サスケ」
 穏やかなその声を、もはや振り返り確かめたくなんて無い。
 並べた小銭をそのままに、人生を変える0.02ミリ異次元の密着感も置き去りに。来た時以上のフルスピードで、サスケは寂びれた店を飛び出したのだった。

   ◇

 敗北感を全身に纏い帰り着けば、鍵を取り出す間も無く内側から開いた。
「―――――サスケ!?」
 緊迫した声がそう呼んで、それから大きく息を吐く。軒先だというのに、するりと腕も絡み引き寄せられた。
「良かったぁ……っ。だって、家ん中ぐちゃぐちゃなのにサスケいねえんだもん」
 痛いくらいに力がこもり、ぎゅうぎゅうに掻き抱かれる。洗い物を残していた程度でぐちゃぐちゃだとは、本来なら一発殴って当然の暴言である。しかし、普段家事を疎かにしない自分を知っているからこそ、不安になったのだろう。
「お前が、どっか行っちまったらどうしようって……」
 お帰りもただいまも、喧嘩もぜんぶ後回しでひたすら撫で回し指で辿る。それは自分が刻んだ痛みだった。幾つになっても今になっても、ナルトはまだ、サスケに置いて行かれることを何より恐れている。
「任務はどうした?」
「もういいよって、カカシ先生が言ってくれたんだ。大名さんの接待つうのか?あれが済んだから、帰っていいって」
 下忍たちのことはオレが責任を持つから。豪華な夏祭りより、派手な花火より大事なことがあるんだろう?
「……だから。サスケと仲直りしなきゃって、大急ぎで帰ってきた」
 ほんとうは、それは自分から言うべきことだろう。確かにあれは、相変わらずの諍いだった。ナルトだって意地を張り、ちびガマまで駆使する強引技をかましてくれたのだ。受け身としては辛い言葉も向けられた。
 だけど、そもそもの発端はサスケなのだ。
 ゴムを買うところを知人に見られた。別におかしくないことだと理解していても、それでもやはり照れ臭い。困ってしまう。
 それをさっき、身を以って知った。たかがの瑣末、何故そんなにヘコむんだと切り捨てた自分は、どんなに無理解だっただろう。
 抱き合う必須、互いを守るための重要。それなのに、ナルトに何も言っていない。いつも悪いなと感謝したり、オレも買うからと対等にしてこなかったのだ。ナルト以上にサスケ自身が、受け容れる側ということに拘り過ぎていた。
「そんで。いったい、どこ行ってたんだ?」
 だから、問われるままに答えた。まだ人通りもある道の近くで話すには、相応しくないだろう。ちいさく抑えて、でも、ちゃんと伝える。
「……ゴム。買いに行ってた」
 え、とナルトが眼を見張る。ものすごく驚き慎重に確かめられるくらい、意外な行動にしてしまったのは自分のせい。
「えっと……。サスケは、コンドーム買いに行ったのか?」
「あぁ。買いに、行った」
 だが……。いろいろあって、結局買えてはいない。
 それがとても悔しくて、かなり情けない。ヤマトに見られたと撃沈していた彼はそれでもブツをちゃんと持ち帰って来たのに、自分は放り出し逃げ去ってしまったのだ。
 俯いて、木ノ葉丸と巡り合い事件をぼそぼそ呟く。ヤマトに挨拶されたくだりまで、全部語った。
「それで。そのまま、帰ってきちまった」
 黙って耳を傾けていたナルトが、手首の辺りを握って引っ張る。ほんの些細にプライドを揺るがされ立ち尽くす自分を、ふたりの家へ導いてくれた。暗くて狭い玄関に立ち、そうして改めて抱きしめられる。
 すっげえ、嬉しい。やがて、耳元に囁かれた。
「オレたちケンカしてんのに、それでも買いに行ってくれたんだな」
 そんなにシたかったのか?なんて意地悪は言わない。ナルトらしい真っ直ぐさでサスケのしたことを喜び、そして多分、どうしてそうしたのかも気付いてくれるのだろう。
 それでもやっぱり、自分で伝えなくてはいけない。
 この前は、勝手なことを言った。シたがるのはいつもそっちだろう、だから買うのはお前の役目だと、押し付けるばかりで悪かった。
「お前は別に、発情期の犬ころじゃないのにな」
「……うん。それは、ちょっとどうかなって思うってばよ」
 でも。そんな言い方もなんかサスケらしくて、オレは好き。
 ひどく大人びた顔で苦笑してから、優しく顎を掬われた。真夏の熱を宿すのか、重なった口唇はほのか熱い。日差しのせいで乾いてもいたから、舌先で舐めてやった。そうすればナルトはまた笑う。なんか、サスケの方が動物みてえだ。
「なぁ……早く、シたくねえ?」
 いっそ下品に押し付けられ、ぐりぐりと擦りつけられる。
「この前からずっと、サスケのやらしい顔とか声思い出して抜いてたけど。でもそんなんじゃ、全然足りねえんだ」
 その告白に、オレも同じだとはさすがに返せない。
 だけど実際、そうだった。触れられる指を辿り、息遣いを思い出す。ナルトの身体を知るまで、サスケにとってそれは単なる生理現象だった。だが、今は変わってしまった。教えられた快楽をなぞり、眼を閉じて没頭する。欲塗れの青、自分を犯す厭らしい表情を呼び覚ませば興奮はどんどん高まるのだ。いつもされるようにぎりぎりまで追い詰めて、恥ずかしく吐息まで零す。
 ナルト。もっとソコ、気持ちよくなりたい。
『ほんとエロいよな……なぁ、ソコってドコだよ?』
(ここ、ココがすげぇ感じて、我慢出来ねえ……ッ)
『ふうん、我慢出来ねえんだ。で、どうなっちまうの?』
(も、無理ッ……嫌だイく、なぁナルト、オレもぅイクっ!!)
 幻術よりも生々しく睦言を浮かべては浅ましく達し、ひとりの夜も彼と戯れているのだ。
「だが……ゴムが、無い」
 だから出来ないだろうと、咎めるのではない。シたいのに叶わないと焦れったく己を責めれば、晴れた空色が悪戯に染まった。誰も知らない、自分しか知らない雄の色香を剥き出しにして、艶やかに吹き込むのだ。
 大丈夫。オレだって、いろいろ考えてんだってばよ?
「ナカ入んなくても、一緒にキモチ良くなれる方法。ちゃんと調べてあっから」
 おい、調べたとはどういうことだ。まさか誰かに聞き回ったのか、また例の雑誌から仕入れてないだろうな!?
 そう質すのは、しかし後にしておこう。だって、自分ももう限界なのだ。さまざまを踏み越えゴム購入任務に飛び出したくらい、餓えて乾いているのだ。
 片手がボトムに進入し、インナーの上に定められる。だから同じことをした。触れて擦って、確かめる。裾を捲くりあげた指に胸の頂を摘まれたから、こちらは耳朶を食み舌で擽った。
「……なら。本当にそうか、試してみろよ?」
 誘うというより挑む気分で応えれば、口唇が乱暴に奪われる。噛み付くようなキスで、早速強気を封じられた。

   ◇

 あぁ、そうか。
(つまり……こういうことなのか)
 なんとなく、ものすごく騙されたような気がする。
 繋がらなくても、ふたりで満たされる手段。なるほどと感心するより、こんなことを思いつく人間とはどれだけ性に貪欲なのだろうと、もはや超越した眼差しになった。
 しかしナルトは夢中だった。荒い息を繰り返し、まさに盛ったケモノそのもので腰を振りまくる。
「サスケェ……ッ!やべぇ、コレけっこうクる!!」
「……そうか」
「な、もちっと脚閉じれる?もっとぎゅってして……そうっ」
 まぁ。つまり、そういうことである。
 あまり好きではない姿勢を晒しながら、はぁ、と溜息をひとつ。もちろんそれには熱が混じる。雄の当然で反応し固く反ったソレを同じモノで激しく擦られれば、たまらない快感はあった。ぶつかる肌が鳴る音に濡れた響きも重なるから、それなりに先走っているのだろう。
「……ッぁ!」
 根元の部分、精の在り処まで衝撃が奔れば震えが沸く。抱えた枕にしがみついて、懸命に堪えた。
 絶え間ない律動に身体が捩れるのは常と変わらない。だが、サスケにとって決定的なものが欠如していた。たいへん残念だが、もう自分は、ソレ無しじゃ満足出来ないのだ。
 だからあえて、必死で理性を結び留める。
 ダメだ、意識するな。感じすぎるな、でないともう、本気で我慢出来なくなる。
 溺れきれないその葛藤に気がついたのか。唯一の相方は、実にストレートに慰めた。
「ごめんな?こんなヒクヒクして、辛いよな」
「テメェ!!いったい……ン、ドコに謝ってやが、るッ!」
「サスケの奴、任務失敗したんだってばよ。だから今日はダメ。明日、いっぱいゴリゴリしてやっからな?」
「ばか、触んなナルト!」
 指先がソコを擽る。欲しくて欲しくて疼く場所を、ちゃんと繋がりたいと啼く襞を撫で、わざとらしく嘆きやがる。掲げた尻にも、ちゅっと口唇が落とされた。
「やっぱ、これだけなのは嫌?後ろ、スースーすんの?」
 何本欲しい?何本でぐちゅぐちゅして欲しいんだサスケ。
 それに答えられるほど、自分はまだ猥らじゃない。いや、ナルトを受け入れ揺さぶられればどんな淫語だって口走ってしまうけど、これでは全然、冷静を振り切れないのだ。
「ぁ……ヤだ、ぃゃッ!」
「こんなんじゃダメ?指三本挿れても、まだ足りねえんだ」
 ぴたりと閉じた脚の間、ごく小さな隙間に素のままを収めたナルトが、己の欲を耐え嬲り始める。いつもの動きを模すように動かされれば、確かに気持ちイイ。いちばん感じる場所にもダイレクトに触れるから、きっともうすぐ限界は来る。
 だけど、だから辛い。剥き出しの熱がすぐ傍に在るがゆえ、どうしようもなく淋しいのだ。
「ふ……ぅ。んぅ、ンッッ!」
「なあ。オレたちもこういう時のために、バイブとか買った方がいいのかな?」
 妙に心配そうに提案されるから、本気で殴ってやりたくなった。たとえばもっと大きく酷似したものであっても、この餓えは満たされない。彼自身に穿たれぜんぶで繋がらないと、ほんとの絶頂なんて遠いのだ。
「だま、れ!それ以上言うと、締めて、潰してやるッ!」
「ちょ、ちょっと待て……って、痛ぇってばよサスケェ!?」
 真剣に力を込めれば、本気の悲鳴を上げている。
 だから、もうこれでいい。潔く諦めて明日に懸ける。思う存分絡まり抱かれて抱いてやるから、今はせめて、ナルトだけでもヨくなって欲しい。
「黙って、お前の好きに、動け……っ」
 そう、彼だってぜんぶが欲しいはず。それでも絶対を破らず、リスク回避に努めるサスケの想いを汲んで我慢しているのだろう。
 重なる心をはっきりと身体で結ぶ行為が、罪悪だなんて思わない。だがそれでも、歪であることは超えられない。だからこそ、ナルトを蝕みたくなかった。
 それゆえゴムは必要である。ふたりですべて満たされるため、欠かせない大切なのだ。
「オレの脚で……イケよ、ナルト?」
 降り積む切なさを倒錯で嘯き、背中越しの青に命じる。そうすれば、なんとも情けない表情が返ってきた。サスケよりも己の方が感じている。そう自覚するからこそ、眉を下げ口唇をもぞもぞさせている。らしくないナルトで困るのだ。
 でもまぁ。こんな顔が見れたのだから、いわゆるスマタも悪くないとしてやるか。
 痛いくらいに腰を掴まれ、再び激しく動かれる。衝撃に黒髪を振り乱しながら、サスケは決意した。
 もう二度とゴムを切らしてはならない。これからは、自分だって買いに行こうと。

   ◇

 はてさてそんなこんなで。ふたり暮らしのささやかなルールに、【ゴム購入は共通任務】という一条が追加された。
 とはいえ物がモノだけに、当番表を作るわけにもいけない。今回はオレ次はお前、その次はオレまたその次は……ときちりルーチンするのもそもそも虚しい。なんだか仕事みたいになってしまうではないか。
 それにナルトは里を離れる機会が多いから、効率と在庫切れの失態を考慮すると、どうしてもサスケの頻度が高くなりそうだった。しかし彼は、そんなの絶対イヤだと言う。
『サスケばっかがゴム買うなんて、オトコのコカンに関わるってばよ!』
 実に凛々しく宣言してくれたが、もちろん、沽券と股間を間違えている。ものすごく遠い目になってしまったが、決まった!とあまりにドヤ顔だったから、放っておくことにした。
 きっと遠くない将来、五影会談の席上で。
『ナルト……それは、少し違うぞ』
 我愛羅が静かに、優しく訂正してくれることだろう。
 とまぁ、いろいろを考慮して。堅くなり過ぎず飽きもこず、ほどよく楽しめて億劫にならない、最も効果的な方法を検討した結果。

   ◇

「お前……。今、写輪眼になろうとしたろ?」
「お前こそさっき、腹の九尾と相談していただろう?」
 そして一歩も引かぬ強気の意地が、びしばしと火花を散らしているわけである。
「まあ、アッサリ無視されていたようだがな。他者を巻き込むのは禁止のはずだぞ、ナルト」
「血継限界はルール違反じゃねえのかよ、サスケ」
 ぎらぎら燃え立つ青と黒が、真っ向からぶつかる。見上げるは情熱、見下ろすは冷静。かつてそんな風に煽られたふたりだが、今はそれどころではない。緊迫感は双方に漲り、激しい闘気を競わせているのだ。
 チッ、見抜きやがったか。
 悔しさをしかし胸の内に噛み殺し、ふぅ、と深呼吸をひとつ。それからゆっくり手を伸べて、慎重に翳した。
 ゆらゆら揺れる不安定を注視しつつ、同時に構造を見極めていく。あっちか?それとも、こっち。決して誤れぬ選択に集中力を高めていけば、そびえ立つ十八段のタワー越しにナルトが囁いてきた。
「サスケェ……そろそろ制限時間だぞ。じゅーう、きゅーぅ、はーちななろく、」
「黙れこのドベ」
 さり気にカウントを短くし、焦りを誘発してくる。安い心理作戦になど乗っかるものか。冷静で牽制してから、ゆっくりと木片を抜き去った。この後、慎重になり過ぎるのはむしろ危険。緊張の糸を保ったまま素早く丁寧に最上段に設え、そっと姿勢を戻す。よし、と呟けば、クソッと悪態が返った。
「ちきしょ……ッ。コレで、決まったと思ったのに!」
「いつも言っているだろう?オレを、甘く見るなと」
 さぁナルト。次は、お前の番だ。
 勝利の予感に口角を上げ、サスケは悠然と笑む。そう、確かにここが正念場だった。均衡はますます危うさを増し、数十分前から始まった交互運動も間もなく終局。これで奴がしくじれば、ゴム買出し任務は晴れて御免である。
「落ち着け~オレってば、落ち着け~~。おーちーつーけー」
「妙なまじないを唱えても意味は無いぞ」
「父ちゃん母ちゃん、どうかオレを見守ってくれ。それからエロ仙人に長門、力を貸してくれ」
「だから他者を巻き込むのは禁止だ。たとえ故人でもな」
「なぁ、サスケ。お前の番の時、もしかしてイタチがこっそり支えてんじゃねえのか?」
「馬鹿が!オレの兄さんが、ジェンガなどするはずない!!」
 ……つまり。まぁ、そういうことである。
 ゴム購入についてさまざま一緒に考えた結果。やはりここは自分たちらしく、♪ありの~ままで~~が最も相応しいだろうと結論づけたのだ。
 即ち、どちらが任務に就くかを懸け、その都度一戦交える。
 潔く雌雄を決し、負けた方が例の二十四時間商店へと走るのだ(どうやらあの日、木ノ葉丸は店前でたむろする不良対策に呼ばれていたらしい。その任務も終了しているし、木遁使いについては二度あることは三度の法則で、もう慣れることにした)。
 だから今宵も木の玩具を挟んでいるわけだが、もちろん、初めからこんなにほのぼのだったわけではない。
 駆けっこもしたし、手裏剣の命中も競った。腕立て腹筋、スクワットに組み手。ついには必殺技で対峙する。
 こうなるともう、艶っぽさなどカケラもない。ただ単なる、負けず嫌いのぶつかり合いである。
『いくってばよ、サスケェェェェ!!』
『来い、ナルトォォォォォォォォ!!』
 そして螺旋丸と千鳥は激突し、演習場のひとつが木っ端微塵に吹っ飛んだ。予め周囲を確認しておいたから、もちろん怪我人はいない。張り切りすぎて血だらけになったナルトとサスケが、大きな窪みの中央でぶっ倒れただけである。
『ねぇ。私は、どうして医療忍者になったんだと思う?』
 肩を竦めた銀髪のリーダーに猫の子のように摘み上げられ、癒しの女神様の前に連行された。優しい彼女はそれでもふたりを治してくれたが、眉間に似合わぬ青筋を立て(いや。自分たちのせいで、いつしか似合っているかもしれない)、そしてこの箱を授けてくれたのだ。
『馬鹿なことでおバカな怪我しないで。戦うなら、もっと平和に争いなさい!』
 しゃーんなろぉ!!と続けざまに頭をバカスカ殴る。黒髪より金髪の方がより多くどつかれたのは、乙女の健気な初恋が由来なのだろう。もっと正確に言えばサスケはたった一回軽く、ナルトは十回以上激烈に、である。
 ごくり。息を呑んだナルトが、いつに無い緊張でタワーに向き合う。張り詰めたその表情に、サスケも呼吸をしばし止めた。
(まずいな。ナルトの奴、すっかりスイッチが入っちまった)
 いつまで経っても落ち着かないと評される彼だが、ここ一番の度胸と集中はやはり並ではない。まさに一流の忍というやつで、これまでも幾度か負けを喫していた。
 しかもこのお遊びには、いつしか他の要素も追加されていた。行為の最中、勝った方が負けた方にひとつだけ命令出来る。ものすごくありきたりの、素晴らしくアホな条例である。
『ってことで!今日は、自分でソコ広げて強請れってばよ。えっと、ナルトのおっきな……を、サスケの……に』
 詳細についてはR18にしてもあまりにナンなので、略させて欲しい。
 とにかく前回、サスケは非常に屈辱を味わった。それはジェンガ対決がマンネリ化しないように立てた対策であり、自分もそれを応とした。奴を負かし、
『さぁ。我慢出来ません、とでも跪き請うてみろ』
 ノリノリで命じたことがあるのだ。そうすればナルトも悔しげに睨み付けてくるから、ものすごくゾクゾクする。そして存分に盛り上がった後、お互いのそんな様がおかしくて面白くて、楽しくてたまらずたくさん笑ってキスをする。いつしかそんな風に、抱き合うことすべてを喜びで満たしていた。
 そろり。静かに、とても静かにナルトの指が伸ばされる。
 きっともう、後は無い。彼が成功しても揺らぎは収まらないだろう。いくら自分がどれほど繊細に挑もうとも、崩壊は避けられない。絶対の眼を持つうちはサスケだからこそ、その未来が違いなく映し出せた。
 クソッ、負けてなるものか。
 しかも今夜はかなり冷え込む。厚ぼったいダウンを着て、寒空の下ゴムを求めて走りたくなんかない。命令されるより命令したい。どんな勝負だって、決して負けたくないのだ。
「……なぁ、ナルト」
「ナンダッテバヨ」
 ことさら艶っぽく囁いても、片言の口癖が返ってくるだけ。
 ほんのちょっぴり青が動いて、忌々しげに細くなる。その手に乗るか。おそらくは、そう警戒している。
「ひとつ、提案があるんだが」
 重ねても、ウルセエと文句ひとつ言わない。絶対に負けてなるものか。絶対に、絶対に勝つのはオレだと全身から激しいチャクラを漲らせていた。
 それでもサスケは続ける。これまで学んだ、いつしかすっかり身についてしまったナルト好みのイヤラシイ声で、ひそやかに綴るのだ。
 そう、どんな手段でも使ってやる。勝つのはオレだ!
「今日。お前が、買って来てくれたら」
 意味深に口唇を開き、ぺろりと舌を覗かせる。
 オレが、着けてやろうか?
「そうだな……。せっかくだから、こっちでしてやる」
 その瞬間。びくんっと、ナルトの指が固まった。
「エ……。く、口で、口でゴム被せてくれんの?」
 大きく眼を見開き、信じられないと顔面に書きなぐりズバリ確かめてくる。その頬は既に赤い。だからもう、これ以上の言葉は必要ないだろう。
 頷く替わりに黒を緩ませて、ゆったりと瞬く。ぼうっとそれに見惚れたナルトは、しかしハッと青をぱちぱちさせた。
「だっ……ズッ……。おおおオレってば、そんな手になんて乗んねーからな!」
 懸命に色香を否定し、傾く天秤を戻そうとする。ぶんぶん首まで振っているが、それでも脳裏には数多の痴態が浮かんでは消え、消えたはずが限りなく増殖しているはずだ。
 ゆっくりと、見せ付けるようにして歯で封を切るサスケ。
 慎重に咥え、赤い舌先に載せる。その間、掌は優しくソレを可愛がり、いとしげに昂ぶらせていく。やがて白皙は、少々恥ずかしげに伏せられるだろう。それでもグロテスクに張った先端へ寄り添い、そしてゴムを口唇で……。

 ―――――むふっ。

 十数年の恋も冷めそうな残念さで、ナルトは鼻息を荒げた。
 指をわきわきさせて、なんとか収めようとしている。しかし燃え始めた興奮は、もう決して、落ち着きなどしない。それを解かっているからこそ、ここでこの賭けに出たのだ。
(さぁ、いけナルト!!)
「さささ、ささ、さすけ……ぇ!」
 これぞまさに、冷静と妄想のあいだ。大切なその名を呟きながら、腕どころか全身を震わせジェンガに立ち向かう。その姿を、四代目火影とその妻、白髪の豪傑に哀しい輪廻眼を宿した男が暖かく見守っていることだろう(まぁ、多分)。
 ぐっと、指が一片を掴み取る。なんとか慎重にと努めているようだが、まったくどこをどう見ても、荒々しいこと限りなかった。そう、もはや引き抜く暇すら無い。
 
 …………どが、シャん!!

 繊細なのか大胆なのか、判別し難い響きを伴って。タワーは見事、コタツの上で崩壊を遂げた。

   ◇

「ぁぁあッ!?ぅわあああぁぁぁぁ!」
「よしっ!」
 頭を抱えたナルトが散らばった木の海へと突っ込み、サスケは似合わぬガッツポーズを小さく握る。
 どうだナルト、オレの力を思い知ったか!!
 はてさて今夜は何をしてやろう。なんならいっそ、思う存分攻めたててやろうか。乞われるからいつも抱かれる側だけど、自分だって紛れも無いオスである。いまさら突っ込みたいとは思わない(なんかいろいろ大変そうだ)が、ナルトを感じさせてやりたいという情熱は失っていないのだ。
 らしくなく、テンションと欲が絡み合い高まっていく。
 さぁ、今すぐ行って来いゴムを買ってきてくれナルト!
(今日は、オレがお前をたっぷり啼かせてやる!!)
 思わず叫びたくなる刹那。金髪が、ふいにがばりと持ち上がった。
「あれ?って、いうことは、」
「そうだナルト、オレの勝ちだ!!」
「いや……ウン。オレが負けたから、今から行ってくるけど」
「あぁ、ついでに肉まんでも買って来てくれないか?腹が減った」
「そだな。じゃあオレはピザまんにするから、はんぶんこしようぜ?あと缶ビールもひとつ」
「駄目だ発泡酒にしろ。演習場の支払いが済んでない」
「あー、そっかぁ……じゃ、なくてサスケ!!」
 なぜか所帯じみた遣り取りに発展しかけたが、慌ててナルトはそれを振り切る。もっと身を乗り出して、しっかと手を握り締めた。そして少年のように眼をキラキラと輝かせ、とても嬉しそうに確認する。
「ゴム、オレが買ってくるから。だからサスケ」
 今日はお前が、口で着けてくれるんだよな!?

 ――――あ。

 ぴしり。
 まさに音が鳴る勢いで、サスケは文字通り硬直した。
 ゲームに負けないため、ナルトに勝つために。その一心で自分が仕掛けた罠を、なんたることかすっかり忘れ去っていたのだ。
「いや……。だからその、あれは、」
「言ったよな!?いっぱい擦ってめちゃめちゃしゃぶって、そんでネットリやらしく口で被せてやるって、お前そう言ったよな!?」
 ちょっと待て。一体いつ、どこで誰がそんなことを言ったんだ。オレはそこまで言ってねえぞ言うわけがねえ!!
 二発三発いや五十発、殴り怒鳴ってやりたい。だが、口で着けるという約束は事実だ。きゅっと結ばれた指も、さすがに振り解けない。だからナルトはとても嬉しそうに笑って、小指に触れて甲にも捧げる。黒髪に触れ瞼を擽り、それから何度も、何回も頬にキスをした。
「へへっ。大好きだってばよ、サスケ」
「……わかってる」
「じゃぁオレ、今すぐ買って来るってばよぉぉぉぉっっ!!」
「ナル、」
 ト……、と伸ばしかけた指が虚しく宙を掻く。防寒対策はアイボリーの薄いスゥエット一枚きり。それだけでダッと駆け出す真直ぐな背中を、ひっそりと、とても哀しく見送った。

   ◇

 ある日ある時ある場所で。
 そしてサスケは雄叫んだ。

「この……っウスラトンカチがぁぁぁぁっっ!!」
 その名言をぶつける先は、なんたることか自分自身。勝敗に拘るあまり、本質を見失う罠を仕掛けた己に対してである。
 しかしもう、時既に遅し。うずまきナルトは放たれて、10分と経たずたった0.02ミリの大切を抱きしめここへ戻ってくるのだ(肉まんピザまん発泡酒については多分忘れているだろう)。
 さぁ、どうするうちはサスケ。
 クローゼットにこもるか風呂場に篭城するのか。いや、それでは敵前逃亡。勝ったはずが、負けたことになるではないか!
(クソッ、見てろよナルト!!)
 こうなったら、妄想以上を体験させてやる以外術は無い。
 時刻は午後11時過ぎ。日中には木枯らしが吹き、ちらちらと雪も舞う冬のある寒い日。意地を張っては喧嘩して、その度ちゅっちゅと仲直りするちいさな愛の巣の片隅で。
 恐るべき形相で端末を立ち上げたサスケは眼に刃を宿し、【コンドーム 口 着け方】と実に生々しいみっつの単語を検索バーに叩き込むのであった。