【 セカンドチャンス! 】
そう。まるで夢のようだった。
ふよふよ揺らぐカーテンの向こうには生まれたての太陽。きらきらが遊ぶ真っ白なシーツ、裸の胸に確かなぬくもり。跳ねた黒髪がツンツンと触れ、ちいさな呼吸が丸く、優しいリズムを刻んでいる。
あぁ。本当に、夢みたいだ。
なんて、なんて感動的な眺めなのだろう。叫びたいのを奥歯で噛み砕き、閉じた瞼をこそっと突っつく。ほんのり赤いしちょっぴり腫れているだろうか。
(いっぱい泣かしちまったもんな……)
ゴメンの替わりに右へキスをひとつ。左へもひとつ、ありがとうを込めて捧げた。
痛い。なんだこれ、イテエ苦しい痛い痛い。泣きごとなんて漏らさないはずの、辛いも淋しいも痛いもちっとも溢してくれなかった彼が眉をしかめて声を引き攣らせ、正直に衝撃を明かしてくれた。
『いッ、痛……いて、え』
ぜぇぜぇ息を掠れさせ吐きそうだ、とまで言いながら、それでも一度だって、止めろを口にしなかった。
『いい。いいから、ぜんぶヤッちまえ!』
そのうち喚くみたいに求められたので、躊躇していた三分の二の純情な欲望をなんとか押し込んだ。まっすぐな骨がいっそう撓りつま先がもがいて宙を蹴る。その瞬間、透明な雫がぽろぽろ転がり落ちたのはそれだけ痛かったせいなのか、それとも、もしかしてもしかしたら。
『ナル、ト。ナルト……』
『サスケ。サス、ケ……』
『ナ、ナルトォ!』
『サスケェェ!!』
至近距離で見つめ合い、馬鹿みたいに呼び合ううちこちらまで泣けてきた。あぁ。オレたちやっと、ひとつになれた。身体も気持ちもあんなに離ればなれだったのに、気持ちを結んだ後は冷たい鉄格子といかついオッサンどもがふたつの身体に立ちはだかったのに、乗り越えたんだやっとやっと、繋がれたんだ。
とても嬉しかった。ものすごく幸せだったから眼からあふれて止まらなくなり鼻水まで垂れてきて、そしたらサスケは、困った顔でキスをくれた。涙も舐めて、らしくねえぞと勝気に微笑み両腕で両脚で、彼の全てでギュッとしてくれる。
『お前の欲しいはこんなモンかよ。なぁ、ナルト?』
耳たぶに触れたのは初めて聞く艶めいた誘い。背に沿った掌がゆったり動いて肩に這い、腕を辿り力んだ五本の指を掬う。しっかり握れば白い肌は冷たくて小刻みに震えていた。きっと、すごく痛い。だってこんなに滅茶苦茶なんだ。こんなことするはずじゃないトコにこんなモン突っ込んでる、苦しくて当たり前なんだ。
まさかの急展開だったからローションとかジェルとか、いつかは要るかな(いや積極的に買いたい)と興奮しつつ妄想したそういう類も使えなかった。あっちにはポーチから引っ張り出した軟膏を塗り込めこっちにはお守りに備えていたゴムを被せはしたものの、どうにもこうにもキツキツだった。思いきって深く抉ったらふと滑らかさが増したのは、おそらく出血が原因。滴ってくる熱さからも気づいたけれど、その時はもう、止まれなかった。
サスケがまだって言うから。もっとって煽ってくるから。
ズリ上がる身体を押さえヘッドボードにぶつかる黒髪を辛うじて庇いながら、とにかく必死で腰を振った。生まれて初めての体験にセックスってやつに、ぎこちないけど一生懸命応えてくれるサスケに夢中になった。
そうなのだ。ほんとに夢の中の出来事みたいで、でも事実、昨夜の自分たちが越えた一線。その証拠にサスケがいる。ナルトの肌に頬を埋め、可愛らしく眠っているのだ。
「サスケ……」
もう少しこのまま、と願う反面、高まる大好きは耐え忍べない。また口唇を落とせば、薄い皮膚がふるっと波打ち大好きな黒が覗いた。闇と同じ色なのに、どこまでも気高く澄み透った彩。この世でいっとう大切でいとおしい、綺麗な眼。
「おはよ、サスケ」
今日のはじまりを告げた声は、この朝に相応しいだろうか。ちゃんとカッコ良く、彼に響いただろうか。見守る先、開いた口唇は音にならない言葉を紡ぐ。聞えないけど間違いなく呼んでくれた。ナルト。あぁ。
(ホントに。夢みてえだってばよ……)
ふたりで迎える初めての朝。スズメさんたちがちゅんちゅん交わす爽やかな調べも最適最高のBGMで、しみじみ酔い痴れる次のひとコマ。
「……ッぐぇっ!?」
絡んだ脚は器用に外されナルトは容赦なく、ベッド下へと蹴り落された。
◇
かくして。大人の階段をホップステップしたうずまきナルトは見事ジャンプしたものの、無事着地とは言い難い結末を迎えた。記念すべきこの善き日に、まだ十代だというのに前のめりで腰を擦りつつ、抜き足差し足気味にあうんの門へと歩むのである(あまり忍んでいないが一応忍なので、忍び足なのは問題無い)。
「なぁ、九喇嘛」
もう何度目だろう、腹の相棒へリンクを試みるも最強の尾獣はドシャットを決め込んだまま。胸元に散る血色の名残、ヒリヒリする背中には引っかき傷。色香の痕跡をそのままにしてくれたのは粋な計らいってやつで嬉しいのだが、腰痛まで残さなくてもいいではないか。これは讃えるべきものではない。男の勲章とは違うのだ。
「九喇嘛?九喇嘛ぁ~」
事後。ほとんど意識を飛ばし全身を委ねてきたサスケを抱き留めた時には、低い笑い声が聞こえた。ようやく本懐遂げたってところか。
『コレでお前も一人前のオスだな、ナルト』
くっくと咽喉を鳴らしていたのに、今は完全なる沈黙。きっと呆れてしまったのだろう。一人前のオス、大人の男。そして一流の忍であるはずなのに、無防備で攻撃を食らいベッドから転げ落ちる。真新しい床の上、ぱんぱんに膨らんだ例のがま口がそこにあったのは恐ろしい偶然か何かの呪いか、はたまたどなたかの残留思念ゆえか。とにかく、なるとさいふは絶妙にフィットした。詰め込んだ硬貨が凶器と化して持ち主の腰を圧迫。結果、潰れたカエルみたいにぐぇっと鳴いてしまったのだ。
『エ?え、え、サスケ?』
『……うるせえ』
『サスケ!?なぁサスケ、サスケェェ!!』
『うるせえ、うぜえ!』
掛けぶとんからにょきっと伸びた腕が目覚まし時計を掴み取り、恐るべき速度でぶん投げてくる。それを避けたら続いてペットボトルが飛んできた。あぁ。数時間前には、口移した水分補給をこくんと受け入れてくれたのに。白にくるまったサスケは壁を向いたまま、ミノムシみたいに動かなくなるのだ。
『どうしたんだよ?さっきまであんなに可愛いかっ、』
『黙れ!!』
『ッ!?』
引っぺがそうと手を掛けた瞬間、奔る電撃に弾き飛ばされる。立ち昇る青白は控えめではあったが紛れも無く彼の必殺技だ。全身に千鳥を纏い、全身でナルトを拒んでいる。
『てめえ……。いくらなんでも、やりすぎだろ?』
不可解な言動はひび割れた声を催し、イライラを拳に握りしめる。それでもなんとか我慢して、具合が悪いのかと尋ねた。サスケは答えない。飯は食えるかそれとも風呂?頭を巡らせパンツも履かずに提案しても、返ってくるのはびりびりだけ。訳がわからず、ついに腹の底から吠えてしまった。
『あぁそうかよ!でもオレは、ぜってー謝んねえからな!!』
完全同意で成し遂げたのに、嫌がってなんてなかったのになんだよ今さら。大慌てでハイネックをかぶりベストを着て、タイムリミットに追われつつドアを閉ざした。ナルト以外開けられない、彼をこの家に封じるための鍵をかける。
空はきれいに晴れ吹く風も澄むスキッとした朝だったが、道踏む足は重かった。情けない、悔しい。起きたらたくさんキスをして、一緒にパンを焼きタマゴも焼いてふたりで食べる。ひと晩さんざん思い浮かべた甘ったるい食卓はどこへ消えたのだろう。蹴っ飛ばされたことも腰を強打したことも、拒絶されたことも結局サスケを自由にしてやれない現実も、何もかもみっともなくてカッコ悪く思えた。
そして九喇嘛にまで無視されるものだから、ますます無様が膨らむ。目覚めた時にはあんなにフワフワした気分だったのに、幸せのふうせんがどんどん萎んでいくみたいだ。
(なんであんなに怒ってんだ、アイツ)
食い損ねた朝飯がわりに兵糧丸を摂取。栄養満点、味は落第点を粉砕しつつ反芻してみる。そりゃあまぁ、スムーズとはほど遠い出来だっただろう。何しろ初めて同士だからゴムを着けるにも手間取るし、男同士だからいちいちクエスチョンが阻む。たぶんこうしてほぐすんだろうとか、きっともう大丈夫だろうと曖昧な知識で突っ走るしかない。本能と興奮と、それからお互いへの気持ちを信じるだけだったのだ。
『ッ、待て、まだ痛いっ』
『ゴメン。こっち集中して?ちっとはマシなはずだから』
『ばか、触んなぁ……っ!』
不自然を体感で誤魔化すために、半勃ちで怯んだソレを揉んで擦って扱きあげる。舌ったらずな幼い抵抗に反してぬるぬるは従順に指を助け、か細い声を連れピュッと証を散らしてくれた。前後運動で極めたわけではないが、雄を食んだ状態で射精に至ったのだ。
『ナル、ト。嫌だオレ、おれっ』
『ん。ちゃんと出せたな、かわい』
糸引く白を翳せば真っ赤になって首振るものの、溶け合う体温を突っ撥ねはしなかった。眉をしかめて口をひん曲げ、それでもぎゅぅとしがみつく。可愛かった。実体験はエロ小説よりエロいの極みで、すごくエロ可愛かったのだ。大事なことなので繰り返すが、あのうちはサスケが!とてつもなく!!エロくて可愛かったのである。
(そういや、入れる前はサスケが押してたんだよな。先に手突っ込んできたの、アイツの方だし)
『もう、ギンギンだな』
上目遣いで囁いて、取り出し息吹きかけてくれたからぶっちゃけ期待した。こここここれはあの、師匠も描写に力を注いでいた、はひふへふふフェ!?と鼻血を吹きそうになったら見透かす眼差しをちょっと眇める。
『初回から調子くれてんじゃねえぞ、ナルト?』
電灯を落とした室内、暗やみで瞬く黒にはいつもの強気と照れに加え、偽れぬ貪欲が宿っていた。オスだから放つ有機化合物は背筋をあわ立たせて下っ腹をギュンと絞り、あぁオレってば、サスケになら抱かれてもいいくらいサスケが好きだから絶対抱かれたくねえ。すげえ抱きたいヨがらせたい、とこんがらがった恋情がますます燃え滾ったものだ。
そのはずが、さっきの彼は醒めていた。あげく怒鳴りあってしまったのだ。
(やべ。ちっと反応しちまった)
詳細に振り返り憂うつもりが燻る火種を熾してしまう。ふたりの気持ちを確かめ合って以降、めでたく結ばれる日を夢みていた。日夜イメトレに勤しみシミュレーションしながらサスケサスケェと右手を激しく動かしていたわけだが、これからはもう、ひとり遊びじゃ満足出来ない。だって、あの眼を肌を初々しい喘ぎを、舐めとった精を剥きだしのサスケを味わってしまった。超えたラインを引き直し、かなりの友達(健全な範疇で)になんて戻れるわけがないのだ。
零れるため息を吸い込んで、ゆっくり長く吐き伸ばしてみる。今日の任務は火の国屈指の大企業の、お偉いさんの商談の護衛。新商品の企画書が狙われているという理由だったが、商売敵が実力行使に出る可能性など限りなく低いだろう。忍界の英雄を侍らせ自身の価値を上乗せたいだけの見栄っ張りだ。はぁ、ふぅ。とにかくまずは落ち着けオレ。股間をおっ勃て立ってたんじゃ、カカシ先生もサクラちゃんも泣いちまう。
検問所を守るイズモとコテツの向こう側、既に到着していたサイは久しぶりに腹を露出していた。上忍服でないのは依頼主のリクエストだったりするのだろうか。もしそうなら、かなり危険人物だ。いろいろと油断出来ない。
「おはよう、ナルト」
とはいえ整った顔が作る笑顔はいつもどおり穏やかで、声もするりとやわらかだ。すっかり馴染んだ彼らしさにささくれた心もほんの少し宥められ、挨拶を返そうと手を掲げた、矢先。
「いい初夜だったかい?」
「……オイ」
「あれ?こういう時は……。そうか、昨夜はおたのしみでしたね、だっけ」
ニコニコと首傾げるのにダメージが嵩んだ。昨日の夕方、サスケが牢から解き放たれたことは周知であり、彼を迎えるための準備をサイも手伝ってくれた。木造平屋の一軒家を建築するヤマトに拍手し、シカマルやチョウジ、キバやシノと一緒にうちは邸から古い家財道具を担いで何往復もする。恵まれたウジ虫野郎だよね、と悪口をかましつつカーテンを吊るし、帰り際には真顔で労ってくれたのだ。あれから一年半。本当に、長かったねナルト。
だから祝福の一環だ。ちょっと間が悪いだけで、空気読めよ!なんて思ってしまうのもナルト側の事情。何の非も無いサイを黙らせれば最低のやつ当たり男、まさにウジ虫野郎である。うな垂れグッと堪えたら、似合わぬ風情を心配したのか追い討ちは攻撃力を増す。
「どうしたんだい?掘り過ぎて痛むの?」
「あのさぁ、サイ」
「それとも早漏と罵られた?今の君は、まるでチンポがもげたみたいだ」
「サイ……」
(付くモン付いてっからこうなって、そんで困ってんだよ)
(だって、だって)
(二度とヤらねえ、とか言い出したらどうすんだ?オレのちんぽは今後、どうすりゃいいんだってばよぉぉぉっっ!?)
出立前の他の忍たち、アカデミーへ駆けてく少年少女の前でそんな赤裸々叫ぶわけにはいかない。なんとか話題を変えようと、大事そうに抱えたスケッチブックにわななく指さきを向ける。
「え、っと。今日はそれ、持って来たんだな」
「商談後の接待で話が尽きたら場を持たせろ、なんて項目もあっただろ?ボクたちをどんな存在と捉えているのか、忍は平和の中でどう生きるのかという疑問はあるけど……。超獣戯画に新たな要素を加える、いい機会でもあるかなって」
「へぇ。前向きだな」
「可愛い、愛されるキャラクターについて、サクラやいのに尋ねてみたんだ。最近は女性の感性が注目されているそうだからね。ヒナタやテンテンさんも協力してくれたよ」
はらはらページが捲れると濃い墨が白を背景に躍動し、まるで映画を観ているようだ。例えばこれ。差し出され、ワクワクと覗き込むナルトだったが。
「検証した結果。どうやら、モフモフが重要みたいだ。そしてボクの解釈は、もっちりしたフワフワ」
「……つまり。どういうことだってばよ?」
「手ざわりを無意識に想像しそれが好ましいほど描かれた物体にも愛着を抱く。吸いつくような感触に官能を、軽やかさには包容を覚えるのかもしれないね。かつ、多くに支持される動物とは?ということも考えてみたんだ」
「それがこの毛が生えたモチ、じゃなくて……クマ、か?なんかダルマみてえだけど」
「頭身は低い方がいいのかなって」
「顔にマルが付いてんのは?」
「時代世代を問わず、人気者は頬にマルがあることが多い」
「……そっか」
ならこれは、研究に研究を重ねた成果なのだ。ギョロ眼を光らせた謎の生命体が三日月の口で威嚇しているようにしか見えないけれど、サイの努力の結晶なのだ。ざんばら髪を振り乱してるみたいなのも筆が少々力強すぎるせいで、触れたらきっと、すごくモフモフなのだろう。
「あのさ。これ、サクラちゃんたちには見せたのか?」
「もちろん。また今度、ゆっくり話しましょうってお茶に誘ってくれたよ」
「へ、へぇ!?」
「ヒナタはモジモジしていたけど……。気に入ってくれたかな?」
「ど、どうだろうなァ!?」
感性はそれぞれで、ましてや白眼が何を見極めたかなんて解からない。可愛いと思ったのかもしれないし、可愛いでもキモカワやコワカワの可能性がある。
「君はどう思う?」
「オレは……。その、あんまりっつーか」
「……そう」
答えたら、サイの視線は少し下がる。だけどナルトは嘘が嫌いだ。多くに支持されるとか人気者には、なんて言われたって解からないし、何より自分だったら。
「やっぱいつもの方が好きだな。だって、獅子も鳥もメチャクチャかっけーだろ?」
「……そう?」
「なんつっても強えーしさ!見せモンになるのはシャクだけど、アイツらが出てきたらビックリすんだろなって、ちっと楽しみだったりすんだ」
「そう」
三度目はなんだか嬉しそうに聞こえた。モフモフぐまはパタンと閉じ、ならいつもどおりにするよ、と形良い口唇を和らげる。かつてはサスケに似てる、なんて評されたこともあったけれど、最近は誰もそんなこと言わない。サスケはサスケでサイはサイ、なのはもちろんだし、十代もあと少しとなった最近では二人の容姿にかなり違いが表れているのだ。
サイはシャープな印象が際立ちどこかミステリアスな佇まいだが(そのせいか有閑なマダムたちからご指名を集める)、サスケはなんて言うか、ちょっと浮世離れしてしまった。外界から遮断された年月が為せる業か少年の名残が濃く、子供っぽい造作ではないのにどうにも可愛らしい。機嫌を損ね睨みあげる眼は大きいままだし、肌だって妙につるつる。そんな成して鉄格子の中でさえ強気なふるまいをしやがるから、どれほどキュンときただろう。
大戦後。中忍から上忍となった仲間たちそして一足飛びに上忍昇進したナルトとは違い、サスケはずっとそのままだ。訪れた平穏の中、変化していく現状に戸惑いつつ必死で駆けるしかない毎日。忙しさを縫って薄ら寒い暗がりに降り、ジメジメに包まれた彼を訪った。どうした、疲れた顔をしているな。敏く感じ取り首を傾げるのがたまらなくて、10センチ四方の空間に両腕を突っ込み必死に抱きしめる。伝わる体温はあったかく満ちてくる息吹が心地良かった。こんな場所なのにサスケはいつも変わらずサスケで、涼やかで可愛くて、ナルトを安らげてくれたのだ。
『なぁ、サスケ。また一緒に任務しよ。お陽さまの下でさ、隣で戦おう』
『あぁ。いつか、きっと』
誓う度律儀に頷く顎を掬い、キスも攫う。舌を絡め吸い合う遊びだってあそこで覚えた。実はこっそり、触り合いっこまでこなしてしまった(下着の中に漏らしてしまったサスケが半泣きでクソがぁ!してきたから再びは無かったが)。
あぁ、駄目だ。だめダメだ、結局サスケのことばっか考えちまう、今は想っちゃダメダメだなのに。
(だってアイツ、すげえ痩せちまってたし。オレがしっかり食わしてやんねーとな)
任務に集中して成果を出し、これまで以上に稼がなくてはならない。単純に二倍じゃなくとも、食費も水道代も光熱費だって、ひとり暮らしより嵩むだろう。現実の錨に理性の鎖を舫いだら、オン!と元気な声も鳴く。白い巨体が威勢よく急停止。商談相手が断固たる犬派ということで、今日のメンバーは三人と一匹なのである。
「わりい、寝過ごしちまった!」
片手で拝みつつ相棒の背から飛び降りたキバは例によっての単純明快な朗らかさだ。変化といえばヒゲを伸ばし始めたことくらいで、胸を張って宣言するのも相変わらず。
「お前と一緒なんて最高のチャンスだぜ、ナルト。どっちが次の火影に相応しいか。この任務で、決着つけてやる」
「へっ、負けるかってばよ!」
ニカッと応じればますます不敵に歯を覗かせる。しかし、煽るように風が動いたその時。屈託ない表情は突如こわ張り、ひくっと口端が固まった。
「ナ、ナルト……。お前」
「ん?なんだってばよ?」
「その、なんつーか……うん」
木ノ葉一ワイルドな男!が頭のてっぺんからブーツのつま先まで、何往復も眺め回してくる。やがて決意が固まったのだろうか。やたら神妙に、短く命じた。
「頼む、赤丸」
意を受けた合図か大きな尻尾がバサリ舞って、太い足がのしっと地を踏む。ナルトの周囲をひと巡り、ふた巡り。無遠慮に嗅ぎまわり、そのうち、なんたることか鼻面を尻に突っ込んできた。
「ちょ、何すんだってばよ!?」
「オン!」
「そっか。そっちなんだな……」
「そっちって何だよ!?」
「サンキュ。もういいぞ赤丸、解った」
「オン!」
「だから!何が解ったんだよ!?」
「ナルトのお尻はクサイってことかな」
さり気にサイが毒吐くが、ツーカーの人犬一体は一人と一匹の世界で意味深に眼を交わすだけ。そして空を仰いだキバは一歩を踏み出し、がしっとナルトの肩を掴んだ。
「ナルト」
「お、おぅ」
「正直、いろいろ複雑だけどよ。でもとりあえず、」
―――脱童貞、おめでとう。
至近距離で親指立てられ言葉を失うナルトの傍ら。ボクは最初から知ってたけどね……と、サイは誇らしげに微笑んでいた。
◇
その夜も、予定より遅い帰宅となった。そろそろ日付も変わる頃、薄っぺらな金属を鍵穴へと差し入れる。同時にチャクラも流し込めば、滲むオレンジがドアを伝って屋根まで覆った。暗がりに舞う余韻は線香花火みたいだけど楽しくない。きれいなのに、好きになれない解術の証。ただいま!と叫んでしまうのも、だからいつものことだった。
「おかえり」
「あれ、また起きてたのか?先に寝てりゃいいのに」
「出来るかそんなこと」
ぱっと玄関が眩しくなって、律儀な足音が近づいてくる。
あぁ、サスケだ。明かりを灯し、待って迎えてくれている。目もとにキスする二回目のただいまも、いつしかすっかりいつものこと。触れる体温が消えない棘を目隠ししていく。
「ベストはどうした?」
「あぁ、土遁じゃなくて泥遁!みてえな奴がいてさ。ぐちょぐちょで戻ったら、まずは風呂だねってカカシ先生が。あ、火影になってすぐ、でっけえの作ってくれたんだ!着替えもいっぱい置いてくれてんの」
「なら手を洗って来い。それから、」
「汚れモンはビニールに入れて洗濯機の横へ、だろ?いいかげん覚えちまった」
ニシシと笑えば固めた拳が肩に跳ねる。これも日々のじゃれ合いで、いそいそと荷物を片付けるナルトの傍ら晩飯を整えるサスケ、という構図も日常になった。鍋に火を入れなおし、炊飯器からほかほかのご飯を山と盛る。出掛ける前もこんな風に、朝早くから大きなお握りを用意してくれるのだ。向かい合わせで食卓に着き、いただきますと手を合わせる。なんて幸せなんだろう。
「なぁなぁ、コレ何?ポテトフライの横」
「見て解らねえか?プチトマトだ」
さっそく指したら不思議そうに首が傾く。この少々天然なズレっぷり、プチって響きがまた可愛いのだ。
「じゃなくて、こっち!」
「あぁ。豚肉のしょうが焼きか」
「すげえ、しょうが焼きなんて店でしか食ったことねえ!あ、今日の味噌汁は?」
「じゃがいもとワカメ」
「ポテトサラダも旨え!」
やたらポテト満載だが、別にサスケがイモ推しというわけではない。以前任務で関わった大企業が菓子メーカーで、オマケの報酬として契約農家から箱いっぱいに届いたのだ。サスケがせっせと工夫してくれるから美味しく消化出来ているけど、ナルトひとりだったら持て余しただろう。芽が伸びて、そのうち腐ってしまったかもしれない。
そう。ふたり暮らしは意外と上手く回っていた。はじまりこそあんな具合だったけど今はこの調子。あの日。布団を引っかぶりナルトを迎えたサスケは、ぼそぼそ謝った。
『すまない。今朝は、混乱していた』
ほんのり覗いた耳まで真っ赤。同時に腹がぐぅっと鳴るから、ナルトは吹きだした。あぁ。コイツはなんて、分かりやすいんだろう。カップラーメンを運んでやると、辛そうに身体を起こす。あのサスケがこうもダメージを受けているのも黒髪を撫でればビクンと固まってしまうのも、すべてナルトが原因なのだ。その事実に、たまらない満足を覚えた。
『オレとシたの。そんなに、恥ずかしい?』
『……うるせえ』
『でも気持ち良かっただろ?だったらまたシよ。後ろが辛えなら、触りあいっこだけ。いっぱい擦って、いっぱいキスしよ?』
反論はなかった。背を向けたまま麺をすすり、スープを飲んでゆっくり瞬く。だから二十分後、風呂場に連行してパンツを脱がせた。敏感な場所を苛めると必死で指を噛んだけど、しゃぶってやったら我慢出来なくなったようだ。やめろ、イヤだ。切れ切れの喘ぎを響かせ、初めての感覚に続けて極まる。涙まじりで睨んだ後はお返しもしてくれた。同じモノを持ってるくせに、照れくさそうに視線を逸らし指を輪にして上下してくれる。
『ダメ。ほら、ちゃんと見とけ』
最後はあえて自分の手。潤んだ眼の前で擦り上げ、射精を見せつけたらサスケはまた勃起した。切なげに見つめられ三度目、シャワーでくすぐり遊んでやった。水流を当てたり離したりして、気持ちいいと悶えさせる。
『ひぁ……ッ!』
『やらしいな、サスケ。ココそんなに感じる?もしかして、オナニーでもカリ弄んの好き?』
『ちがっ……。ぁ、ァんっ!』
初めてのセックスはギリギリの精一杯だった。そしてなんとか、優位に立とうともしていた。余裕ぶって煽ってきたサスケも、きっとおんなじだったのだろう。なのに受け入れてくれた。あんなとこにこんなモノ突っ込まれるなんてゲッとなる(とても勝手な話だが)のに、ナルトを許し抱かれてくれたのだ。負けず嫌いな彼のこと、冷静に返れば居たたまれなくなるのも仕方ない。そして、それを解るってばよする方がカッコイイ気がしたのだ。
「……サスケ」
結果、舞い上がっていた。ナルトは調子に乗っていたのだ。スポンジを泡だて、手際良く家事をこなす背に両腕を回す。切り替えをハッキリしたいらしいサスケはキッチンに立つ時、必ずエプロンを身に着ける。黒地に赤くうちはマークを刺繍したのはナルトで、とことん不恰好だが愛のしるしだ。
「どうした?早く寝ろ、明日も任務だろ」
「うん。でも、その前にさぁ」
耳たぶに息を吹きかけエプロンをたくし上げる。お値段八十両の石鹸は素っ気ない分さっぱり香って、いかにもサスケらしい。腰骨を撫で、股間に手を沿わせれば背筋がぴりっと緊張した。握ってゆるめてまた握る。意地っ張りな口唇はリズムを拒んで引き結ぶけど、ゆらっと腰が焦れていた。サスケは意外とバカでけっこう単純で、驚くほどに芯が澄んでる。ここじゃ嫌だ。場所だけ却下なその率直、どれだけ淫らか果たして自覚しているのだろうか。
「ここだからいいんだろ?」
「ッ待て、片付けてから……っ」
だからサスケ、そんなの全然ダメだじゃない。ファスナーを引き無理やりボトムもズリ下げる。薄い生地からてらっと張った矢印だけ掴み出せば、項はますます赤くなった。いったん手を離し今度はエプロン越し。キャンバス地を擦りつける度、おおきく顎が仰け反る。
「ざらざら、気持ちい?」
「……っン」
「サスケ、濡れやすくなったよな」
ぽちっと浮かんだみず玉は左手で突っつき、利き手を使い根元もあやした。昨夜もしたのにぱんぱんで、とろとろ汁も伝ってくる。掬って絡め窄まりに塗り込む。ここまでは嫌がらない。むしろ力を抜こうと努めるようで、ささやかな空間を開きもした。行為に馴染むため、サスケも頑張っているのだろう。健気な内側に人差し指を埋めゆっくりと刺激する。
「ぅあ、ア!」
「この辺だろ?ほら、また硬くなった」
「なぁ……。なぁ、向こうで……ッ」
誰がするか、勿体ない。指を増やしてそれっぽく前後してみる。くちゅくちゅしながら胸元を確認すれば、粒は熱く育っていた。抓る傍からあわ立つ肌は官能を覚えた証。あっちもこっちも、ナルトに染まりつつある。
「ぁ……。あぁ、ぅ」
(お?今日こそ、出来っかな?)
照明が切りとる輪郭まで緩み溶けている気がする。熱帯びた呟きの合間、甘えたな音も鳴るから息を飲んだ。そういえば、最初の夜は勢いだった。あれこれ考える間もなく突入したから突貫貫通出来たわけで。となると、このシチュエーションが適切かもしれない。準備万端ベッドに押し倒しお行儀よく愛したら、サスケはひどく緊張する。一度経験したから、知っているからこそ委ねられないようで、質量を怖がり強張ってしまうのだ。だから二度目が致せない。だけど、もしかしたら。まさかの立ちバックってやつだけど、今夜遂にやっとのやっとで。
「うん。ちゃんと三本、入ってるな」
「ナル、ト……」
「もちっと、足開いて」
濡れた黒が振り返る。シンクの縁を掴んだ指も、睫毛だって震えるから汚れた手だけど頬を包んだ。大丈夫、だってばよ?囁きながら目じりにキス、眉間にも鼻先にもキス。口唇を吸うと張った力が背骨を通って吐息に変わる。可愛い。黒いエプロンから艶めかしく白肌を覗かせ、初々しく戸惑っている。その光景は定番で、古典的だが破壊的。おかえりなさいと迎えられ、手料理を食べて洗い物する背後から襲う。つまり、こういうことだってばよ。
「ホント、たまんねえ」
「なに、が……。ぅぐッ!」
「だって、だってさ。これってば」
押しつけた先端がぐぐっとめり込む。オスの昂揚がせり上がり、もっと、もっとと奥を目指した。優しくしたいがどうしたって不可能。怯えて浮く丸みを掴み、力任せに引き寄せる。もう限界だ、我慢出来ない。
「ぃ、いて……ぇ」
「あと半分。頑張れ、な?」
サスケはぶんぶん首を振るが萎える様子はまるで無い。それどころか角度が増し、触れたら血の脈までわかる気がした。備えた性では嘘が吐けない。息を荒げて汗滲ませて、こんな場所でこんな格好で、繋がりたいと夢中になってる。
「お前もさ。興奮、してんだろ?」
食い絞める接面を指さきで捲くり、腫れた粘膜を確かめる。ぬらぬらするのにくらくらして、ここぞとばかりで口にした。
「新婚さんプレイ」
その瞬間。ふたりの世界は静止した。
「……ア?」
「エプロン姿の奥さんとって、やっぱ男の夢だよなァ」
「……ァア?」
「あ、慣れてきたか?もうちょびっとで、可愛いケツにちんぽ全部、入るからな!」
獣じみた眼が振り返ったが、テンションMAXな忍界の英雄は見落とした。零れる声も既に唸りの領域なのに、それすら聴かなかった。非常に残念なのかとても尊いのか、うずまきナルトはうちはサスケ絡みとなると、頭の螺子が弾け飛び好き勝手暴走迷走してしまうのだ(ネジが知ったら草葉の陰で泣くかもしれない)。ヒクつくこめかみに熱っぽくキス。
「……サスケ」
憧れ追い求めた存在が腕の中にいる。おはようで始まり行ってきますとお帰りを交わし、おやすみと抱きしめ一日を終える。サスケはここで、いつも自分を待っている。だから任務も張り切れるし充実していた。すごくすごく、嬉しいのだ。
「サスケェ……」
「……ナルト」
(…………え、)
赤い。認識した時には手遅れだった。黒勾玉が鮮明に閃き、裁きは遂に下される。物理的には雷が撃ち抜いた。さてどこを?というならば。
「ぎぃ、ぎゃ、ちッ!?」
「何が新婚だ……。誰が嫁だ可愛いケツだ、ァア!?」
「だってサスケってば、あっちもこっちも可愛いす、ぎぇぇぇぇぇっっ!?ドコに千鳥流してんだぁぁぁぁぁぁ!!」
「黙れクソが!るっせーぞクソがぁぁぁぁぁぁっ!!」
弾き飛ばすのではなく、収納したままびりびりを絡めてくるのが容赦ない。大慌てで引っこ抜いたら、大事なソレは青白く光を纏っていた。清かに彩られるグロテスクが、アンバランスで恐ろしい。すっくと背を伸ばし、足首からパンツを蹴り飛ばす。忌々しそうにエプロンを脱ぎ捨てればTシャツ+モロ出しの下半身という、ちょっとどうだろう?な形になったが、ソレは隆々勃ち上がっていた。性的理由ではなく、憤怒ゆえ猛っている。
「なぁ、ナルト。オレが生きているのは、ここにいるのはお前のおかげだ」
「お、オゥ」
片や、すっかり縮こまってしまったのを隠してナルトは頷く。どうにもみっともなく、深夜のキッチンで何してんだオレたちではあるがサスケは真剣だった。フンッとしてみせるけど、実はそれほどクールじゃない。そして心を偽れず、曲げることを許さないから必死だから、闇に囚われてしまった。
「オレは外出を許されない。お前は任務に出る。だから家にいるオレが飯を作ったり、掃除したり洗濯もする」
「えっと……。ありがとだってばよ」
「礼はいい。その方が自然で効率もいい、それだけだ」
なぁ、ナルト。もう一度呼びかけられた時、握った拳が震えているのに気がついた。ナルトを見つめ真っ向から尋ねてくる。
「オレは、なんだ?」
「サスケ?」
「お前は最近、可愛いとばかり言う。なぁ。お前にとってオレは。今のオレは、何者なんだ?」
いろいろ致してしまっているが、やっぱり友達。いや家族。違う、恋人。兄弟だとも思っている。幾つも浮かぶがどの言葉でも足りないし、全部混ぜても満たない気がした。答えが定まらぬしばし後。サスケはくるり身を返す。
「洗い物が途中だが、朝にする」
「え?ちょっと待てよ、コッチも途中……」
「どうせ持ってるんだろ。新婚さんプレイ、とやらのディスクをな」
肩に触れたら淡々振り払われ、手首を掴むと視界が一回転した。強か背を打ち完治したはずの腰骨が疼いたが、それでも加減されていると解かる。そういえば初めて抱いた夜、薄い胸や肋骨の感触が痛々しかった。だけどもう、儚くはない。絶妙の間合いで難なくナルトを投げ悠然と見下ろす。その腕もフローリングを踏む両脚にも、しっかりと筋肉が戻っていた。いつからだろう、いつの間にだろう。あんなに触れたはずなのに、そんなことすら追えていなかった。思い知って愕然とする目前、バタンとドアが閉ざされる。
「サスケ!?」
「しばらく、何もシたくない」
「サスケェ~~!!」
起き上がり、ぶらぶらソレを揺らしながらノックを繰り返す。しつこく叩く度、呼応するみたいにチャクラが沁みてきた。めちゃくちゃ怒っている。そしてサスケは、とても。
「一指でも触れてみろ。その時は豪火球……いや、家を燃やしてしまうのはまずいな」
「……サスケ」
「なら獅子連弾か。影舞葉でもいいぞ、選ばせてやる」
彼の得意からすると、屋根をぶち抜く可能性は高いとしても控えめな選択肢だった。そんなことすら切なくて、ナルトはぐっと奥歯を噛む。
(オレにとって、今のサスケは)
大切なたからもの。一緒にいられることが嬉しいから、このままずっとと願ってしまう。誰にも触れさせたくねえ、見せたくねえ。サスケはもう、ぜんぶがオレのもんなんだ。飢えていたシンプルが心身ともに叶ったせいで、より欲ぶかによこしまに、デコレートされてしまう。
(なぁ、九喇嘛)
(オレにとって、サスケは)
呼びかけてみても、自分たちをひそかに応援してくれた相棒はまたドシャットだ。キツネなのに、たぬき寝入りを決め込んでいた。
◇
女の子たちが連れて行ってくれたのは、いわゆるカフェというやつだ。無骨なコンクリートと大きなガラスに囲まれ、真っ白なテーブルは凝ったドリンクやカラフルな菓子を際立たせる。そんなオシャレ空間の中、トッピング鬼盛りで!なんてオーダーするのがちょっとよく解からないのだが。
「鬼ってなんだってばよ……。まぁ、すんげえ量だったけど」
「果物やチョコを貪欲に突き刺す様。もしくは、それを平然と平らげる姿こそ鬼かもしれない。でもバランスは見事だったし、ラテアートも面白かったよ」
「あぁ、葉っぱとか猫な!サクラちゃんも喜んでた」
「いのも楽しそうだった。君は、どうかな?」
何気なくつけ加えられ、曖昧に笑いごまかした。昼下がり、一楽を出た後。そのまま里をフラつく途中、サイに呼び止められた。これから、サクラたちとお茶なんだ。約束に混ざっても厭わず、久しぶりだと歓迎してくれる。
『だってアンタ。お休みでも、あまり外に出ないじゃない』
『サスケくんがいるからって思ってたけど、珍しいわね』
それぞれに似合う服を着て、瞼にもほんのり、綺麗な色を載せていた。すっかり大人びているが身を乗り出すのは昔のまま。それでも、まぁちょっと……とゴニョゴニョしたらそれ以上は聞かなかった。話題のパンケーキに目を輝かせ、最新端末で撮影したり少し分けてくれたりする。
彼女らは大事な仲間で、とりわけサクラはナルトにとって、やっぱり特別な女の子だ。ああしたいこうなりたい、という欲望が無い分、明るく笑うと単純に嬉しい。馬鹿力の鉄拳制裁だって、心強くてホッとするのだ。だから楽しかった。珍しいものを食べて飲んで、サイの絵を囲み話した。
サスケは今、何してるかな。気持ちは何度も家に帰った。たまには休んでもらおうと外食をしたものの、彼はちゃんと食べただろうか。甘いふわふわを啜りながら不安になって、ほろ苦い液体で流し込む。
休日でも諍ってしまってさえ、サスケはしっかり家事をする。お握りを握り、キャベツを刻んで肉じゃがを煮る。黙って洗濯物を干し、黙って掃除機をかけ風呂も磨いた。だから暮らしは回っている。清潔で栄養バランスもよく、だけどちっとも楽しくない。同じところに一緒にいてすら、胸にすーすー風が吹く。声が聴きたい。怒っていても不遜でも可愛くなくても、今はただ、サスケの心に触れたかった。
「サイは、楽しかったか?」
「うん。すごく意味のある時間だったよ」
やり切れなさから矢印を転じたら、朱金に染まる頬が綻ぶ。スケッチブックを抱え、噛みしめるよう話した。
「きっと。ボクはボクでいいんだ。何が変わってもボクの絵はボクのもので、超獣戯画もボクの術なんだ」
もちろん、これからも工夫するよ。より効果的な、皆の頼りになる術でありたい。
「だけど、そもそも無いものを加える必要は無い。本質を変えなくていい。そして君たちはボクの本質を認めてくれた。それが嬉しいんだ」
サクラもいのも、いつもの方が好きだと言った。サイの苦心は讃えつつ、超獣戯画はそのままであって欲しいと願う。明るいカフェが象徴するように、大戦後の世界は変わった。呪文みたいなドリンクも半年前の木ノ葉には無かったものだ。任務の質も、求められるものも変化している。だけどここは忍里だ。自分たちは忍であり、身も心もしなやかに強くあるべき者。
『あまり無理はしないで。可愛いのが一番なんて、しゃーんなろーよ!』
『サイくんの術も、サイくんもそのままでいいと思うわ。これからのためにも、私たち少しは主張しないと』
「もしも。あの任務で褒められたって」
「モフモフぐまを?」
「そう。あのモフモフぐまを喜ばれても、満足しなかったと思う。ナルトにかっけー!って言われる方が、ボクは嬉しいんだ」
それは偶然だろう。サスケについて、新婚さんプレイを試み失敗したなんて、もちろん誰にも語っていない。そして意図していないからこそ突き刺さる。
――― オレは、なんだ。
――― お前にとってオレは。今のオレは、何者なんだ?
『お前は最近、可愛いとばかり言う』
(だって、サスケは可愛い。照れるくせにエロいのがクる。意地っ張りなのも強がりなのも、ほっとけねえ)
(イタチだって任せるって言った。兄貴の分まで守らねえと。じゃねえとアイツ、木ノ葉じゃ生きていけねえ)
(本当に?)
(本当は、アイツ。だってサスケは)
あぁ。そうじゃないか。
「悪ィ!オレ、帰らねえと!」
湧き上がる衝動のまま、ぱちんと掌を合わせた。会話の合間、理由も告げずいきなり駆け出すなんて大人のすることじゃない。解かっているが抑えられなかった。今、すぐに帰らないと。この気持ちを伝えないと、サスケが消えてしまう気がする。あの狭い鳥かごから、天を目指し羽ばたくような恐れがあった。
「ゴメンな、サイ!」
「あぁ……。うん」
呟くサイを置き去り、二段飛ばしで階段を駆け上がる。背負った夕陽がこの日最後の熱をふり絞り、暖め後押ししてくれた。終点はちいさな公園のジャングルジム。飛び昇り、てっぺんを蹴る前おおきく怒鳴った。
「ありがとな!オレも、お前が嬉しいって思ってくれんのが、嬉しいってばよ!」
そして屋根へと跳ねて去る、オレンジの残像にサイは微笑む。口唇からは、謎かけみたいな独りごとが零れ落ちていた。
「そういえば、サクラが言ってたな。やっぱりいつものお店の、あのあんみつが好きだって」
◇
鍵を突き刺しチャクラを流す。もう五十回くらい繰り返したけど、千や万なんて数えたくない。そうだ。そうなんだ。迸るオレンジがドアを走って屋根で弾ける。夕暮れに咲く閃光は打ち上げ花火みたいだった。まるで気持ちを映したように、荒っぽく主張する。
「ただい、まぁっ!!」
スニーカーを脱ぎ散らかし玄関マットを踏んづけた。勢いあまって廊下を滑ってしまったが、パキラの鉢から土が零れたけど知るか。稀少な黒猫はフシャーッと毛を逆立てるかもしれない。でも、それでいい。引っ掻きたければ引っ掻け、気に障ったなら噛みつけ。オレだって首根っこ押さえて、力いっぱい吠えてやる。
「サスケ!」
リビングに明かりは無くキッチンもシンとしていた。何か買ってくるから、夕飯は適当に食べよう。提案には頷くものの眼差しは冴えていた。写輪眼じゃなく、心で見抜いているのだろう。
『今日はお前もオフ。な?』
労わりなんかじゃない。情けない言い訳だ。どうにも居心地悪いからどうしていいか解らないから、家を出た。彼の問いを置き去りにしたのだ。
「サスケ、サスケェ!!」
「……うるせぇ」
あの頃、狂ったように叫び続けた名を飽きず呼ぶ。閉ざされたドアを殴り喚くが、拒む声は凪いでいた。物理の隔たり以上に大切なものが遠のいていると突きつける、褪めた沈着。
「飯なら、一人で食っとけ」
「なぁ。お前ほんとは、こんな術解けんだろ?」
ひとりは嫌だとか、一緒がいいとか。子どもな駄々を捏ねるより、今さら気づいた事実を質した。
「いつだって、どこにだって行けんだろ?」
「火影しか許されない封印術だ。そこにお前の、九尾のチャクラを組み込んでいる」
「うちはの眼ならたぶん解ける。違う。お前なら絶対出来る」
「なんだ。その、妙な決めつけは」
「わかるってばよ。だってサスケは強えーから。めちゃくちゃ強くて優しいって、オレは、オレだからわかってんだ!」
拳だけではもどかしくて、真新しい木目を蹴る。ここはナルトが拵えた。そして綱手やカカシ、仲間がいたから在る場所だ。我愛羅は架け橋になってくれた。ビーも援けてくれたから、雷影だって許すと言った。皆の理解を礎に、協力を梁に成立したのだ(※建てたのはヤマトである)。
だけど、そもそも。そうだ、サスケが認めたから実現したのだ。一族のこと、大好きな兄のこと。憎いも痛いもぜんぶ飲み込み選んでくれた。ナルトと生きると決めてくれたから、その決意を守りつづけているからこそ、明日があるふたり暮らし。
「あのさ、サスケ」
大事なのに忘れかけていた。いや、たぶん蓋をしていたのだ。暗い牢、冷たい鉄柵の中と外でたくさんの話をした。ナルトのこれまでサスケのこれまで。ふたりのこれから。いつかまた一緒に任務をしよう。叶えられない誓いは遠く、今が楽しかったから隠してしまった。
「オレにとってお前は。やっぱかなりの友達で、」
どったんばったんを止めたのは、はっきりと解るから。一枚のすぐ向こう、そこにいると伝わる彼に掌で触れた。額を押しつけボリュームを絞る。
「そんで。腹立つくれえに、強くてカッケエ忍だ」
見つけて、言葉に換えたらものすごく当たり前だった。インパクトある言い回しとか、気の利いた修飾なんて思いつかない。だけど口ベタは口ベタなりに、一生懸命気持ちを渡す。
「ゴメンな、サスケ。ありがとサスケ」
ここに、オレと一緒にいてくれてありがとう。それから。
「もっかい約束する。絶対の絶対、ふたりで隣で、戦おう」
しばらく、何も変わらなかった。チック、タック。規則正しい音が進み、やがて小さな扉が開く。クックー、クックー。可愛らしい壁掛け時計はサクラからの贈り物だ。六回羽を揺らした後、鳩が急いで我が家に引っ込む。その直後。
「うわっ!?」
突然、平面が空間と化した。前のめりの重力が行き場を無くし、必然、床へとダイビング。見事へしゃげたナルトの目前、白いつま先が薄闇に浮かぶ。嫌いだ。ぽつり、告白も降ってくる。
「……へっ?」
「だから、お前が嫌いだ。一緒に死んでやるだの、会えてよかっただの……」
見上げても、伸ばした黒髪が帳になる。しかし口唇までは隠せない。Tシャツの裾を握りしめ、掠れた声を震わせる。
「ウスラトンカチの、くせに」
「……うん」
久しぶりに聞いた気がした。やけに嬉しくて切なくて、ボトムの端をぐぃと引く。逆らわず落ちてきたサスケは、やっぱり負けん気な顔をしていた。至近で睨みつけ、それから肩に表情を埋める。両腕でくるむと、応える身体が委ねられた。
「悔しい。ナルト……くやしい」
うん、と頷き背を叩く。少年のあの日、庇ってくれた背中。追いつきたいと目指して、取り戻すんだと追いかけた。だから今の自分がある。サスケだってあの日々があるから、弱さを見せてくれるのだ。
ぎゅっと抱いたらきゅっと抱きつく。もっと包みたくて力を込める。お互いを押しつけるみたいに、泣きたい気持ちで抱きしめあった。そのうち床に転がって、上になり下になり、獣みたいに口唇を交わす。
(あぁ、そっか)
小説みたいな情緒は無いし、映画みたいにBGMは流れない。漫画のようにキラキラも飛ばないんだと、この前シッカリ体験した。汗も匂うしやっぱりあれは生臭い。気持ちがどうこう言ったって、しょせんは本能、赤裸々の極みだ。
腰に這った手が蠢き、忙しくファスナーを下ろしてくる。やけに積極的なのは逃避じゃなくて、想いを分け合いたい理由。大丈夫、オレたちはおんなじ。等しい重さを伝えたいから結びたいから、身体ごと繋げたくなる。心ごとまるごとで、ただ抱き合いたい。
「……ふ、ぅ」
「ベッド、行く?」
冷たい固さが心配になったけど、サスケはゆるっと首を振る。むしろ離れた口唇が不服みたいで、遠慮なく食いつかれた。唾液が垂れるのも嫌がらず、夢中になって舌を絡める。股間の布は膨らんでいた。キスと些細な愛撫だけで、俗にいうテント張りだ。
「ナルト。その、」
「大丈夫。突っ込まねえから、怖くねってばよ?」
剥ぎ取って、片足首を持ち上げる。翳した腕の隙間、漏れる吐息は熱っぽい。ちろっと舐めたらぐんと反り、先走りは吸っても啜っても垂れてきた。あぁ、サスケもオスだよなぁ。浮かび、押しつけてくる腰つきに実感が増す。だからとことん、ヨくしてやりたい。ではさて、と本格的に含むナルトだったが。
「ッ、うちはをナメるな!」
「ぐハっ!?」
見事膝がみぞおちに決まり、髪を引っ張り引っぺがされる。見据えてくる両眼は強い。苛立つように舌が鳴って、右手が荒っぽく掴まれた。握って導き、自らナルトに触れさせる。切なく震えて純な欲望を明かす、その場所に。
「さす、け?」
白い肌が染まっている。耳たぶも目じりも赤い。きっと、ものすごく恥ずかしいのだろう。ソッポを向いて、ぶっきらぼうにひと言。
「最後まで……しろ」
ものすごいのが、炸裂した。ツンデレでもクーデレでもヤンデレでも、いや、もはや死語か。いまどきは尊いとかバブみ、心ぴょんぴょん……あぁ。どうだっていいさ、そんなこと。なんだっていいのだ。キリ凛と澄んだ結晶が雫を溢す一瞬はとにかく胸へとぶっ刺さり、愛したいマジで、と脳天に突き抜ける。
「お……オゥ」
彼以上の茹でダコとなって、ぎくしゃくとポケットを探る。お守りの習慣を続けて良かったと心底思った。暗がりに透かし見てから、慎重に封を切る。
しかしスマートにこなせるナルトではない。かなり時間が掛かったが、サスケは我慢し待機してくれた。ついでに言うと、より大きくなった。窺う視線が纏わりつく。初めてじゃないから、気持ちよさも知っているのだ。
「サスケ、好き。大好きだってばよ」
「わかってる……ナルト」
かくして無事装着、準備万端。その日ふたりはめでたく、心繋がる二度目に至ったのであった。
◇
はてさてそして月日は流れ。
ある夜のふたり、二十日ぶりのセックスはたいそうサカッ……いや。とても情熱的にエスカレーションだった。
「ばか、落ち着けッ!」
「離れねえのは、そっち、だろっ!?」
ケンカみたいに怒鳴った直後、口唇をぶつけて深くキス。噛みつき爪立てるサスケは、それだけ寂しかったのだろう。忍に異常な敵意を抱く、侍崩れの捕縛任務。先に囚われた者は長時間いたぶられ血塗れになっていたから、心配もしたはずだ。突っ張った腕がヒリヒリするくらい引っ掻いてくる。
「っく。ぁ、ンッ、」
「な。声……聞かせて?」
お願いしても気高き獣は手強いまま。頑と歯を食いしばり、両足を絡めてきた。巻きつけくねらせ感じている。窄めたり緩めたりして、愛してくれる。
「ぅあ!それ、ヤベエって……んぐ」
「フン。いい様だな、ナル、ト?」
勝気で眼がきらめくと、ますます気持ちは沸き立った。たまらない。首を噛んだらシーツが波打つ。締める力に負けるもんかと腰を振る。額の汗なめらかな頬、鼻のてっぺんあごの先。舐めて吸って、胸の粒にもキスすれば背中が綺麗に仰け反った。求める身体に、抱きしめられる。
「ァッ!あぁ、また、またっ」
「またイク?いいってばよ、オレ、も」
「あ、ぁァ、でる、出す……。っぁ、くッッ!」
捩れ掠れる声が可愛い。その瞬間顰む眉が、男っぽくてカッコイイ。何もかもがいとおしかった。
サスケが復帰してから早二年。といっても待遇は下忍のまま、中忍以上の昇格資格は剥奪されたままだ。草むしりやペット探し、行事ごとの警備がせいぜいだが、それでも充実して見える。ガキども、勝手しやがって。散らす吐息も大人っぽく色っぽくて、思春期が惑わされないかとけっこう不安だ。
もちろん修行も怠らないので、ナルトとしては気が抜けない。いわゆる共働きになって以降、家事は当然二人体制。晩飯の支度は先に帰って来た方。片付けは、後から着いて用意された晩飯を食べた者。ゴミ出しは基本交替、ゴム購入は誇りを懸けたジェンガ対決。定めたルールを怠ったら、非常にたいへん恐ろしい。至高の眼は如何なる手抜きも看破して、ワイヤーが舞い龍と着火し、時に須佐能乎が現れる。雷鳴と共に散りたくもないので、ナルトなりに励んでいるのだ。
「オレ、明日休みだけど食いてえモンある?」
「トマトとひき肉の混ぜごはん。千切りキャベツとリンゴのサラダ。汁物は、」
「トマたまスープだろ?サスケ、好きだもんな」
「……卵はひとつで充分だぞ。それから例のドラッグストア。チラシを撒かなくなったが、こっそりポイントアップをしてやがる」
「どういうことだってばよ!?わかった、ティッシュとトイレットペーパー、歯ブラシとシャンプーもだな」
「ポイントはいつもの石鹸に換えてくれ」
従ってピロートークすら、すっかり所帯じみている。今夜は、オフが重なったらキッチンの大掃除をしよう計画も立てた。なんといっても男同士なので、ムード云々と騒ぎにならないのが気安い。シたければ誘うし、タイミングがずれたらまた今度。そんなの全然ちっちゃなことで、大切なものは変わらないのだ。
そう、ふたり暮らしは楽しい。ケンカしたりじゃれ合ったり、ぎったんばったん、シーソーゲームはしあわせだ。
そしてそう遠くない、いつかの朝。一緒に玄関を出て同じ道を進み、同じ場所に行こう。黒のハイネックにカーキのベスト、お揃いの格好でクナイを握り、何百人でも蹴散らしてやる。あの約束を、必ず叶えてみせるのだ。
だってふたりは誰にも何にも負けやしない。ナルトとサスケ。最強×2=絶対無敵、なんだから。