【 愛識るからだ 】
Ⅰ.瞳で語る
亥の刻のテレビには、少年のころ縁あった女性が映っていた。表現者ではなく国家の代表として招かれたのだろう。黒髪は質素に結われ化粧も控えめ。それでも彼女の真は褪せず、濃紺のセットアップが美しさをより際立たせる。左胸には雪の結晶。
「ナルト。風呂」
きらきらのブローチを眺めていたら、単語がふたつ、飛んできた。ふわり湯香が漂い、馴染んだ気配が後ろに立つ。
「おぅ」
返事したけどそのまま観ていた。懐かしさもあるが、その後がもっと気にかかる。国の復興、インフラ整備に経済福祉。語る内容は難しく、今のナルトにはまだ、理解が出来ない。それでも笑顔が嬉しかった。
「おい。風呂」
結果、無視のかたちになってしまった。声がささくれ、つま先が尻を蹴っ飛ばす。
「早くしろ。もう一度沸かすと、もったいない」
「こまけえなァ。あと少しだし、お前も観ろよ」
ぽん、と隣を促すがサスケは動かない。やがてその場に黙ったまんま、腰を下ろした。腕の半分くらい、隔たりがある。
「キレイだよなぁ」
呟きは無意識だったが、空気が少し、張った気がした。返事は無い。もしかして見惚れてるのか。覗ったら、ばちっと眼がぶつかった。つまりサスケは、画面を見ていないのだ。
「……お前は、」
ぼそっと口唇が開く。ほとんど睨むようにしながら、喧嘩の一歩手前みたいに唸る声は低い。フローリングの上、指さきが不機嫌を掴んでいた。頬までちょっぴり膨れている。
「お前は。こういう顔が、好きなのか?」
「……はぁ?」
いや。オレが大好きなのは、サスケの顔だし。
なんて言ったら彼は怒るか呆れるか。ふざけんな。小突かれるのもフンとされるのも経験済みだから、首だけ傾げる。
重なった視線の先、深い黒を映し込む。見つめあった三秒後、彼は素っ気なく逸らした。壁時計を確かめ、いきなりで話を変える。
「明日は早いのか」
「朝はゆっくり、だな。でもオレ、頭悪イから。帰りは夜中かもしんねえ」
「オレは、巳の刻までに集合だ」
それは、さっきも聞いた。任務帰り、約束どおりに居酒屋で乾杯。お互い泊りが続き半月ほどすれ違っていたから、一緒に食べるのは久しぶりだった。飲むより話す方が多かったし、これからついて、も確かめた。知っているのにどうして、繰り返すのだろう。
「ただの、お飾りの護衛だ」
「…………そっか」
念押すようにまた言われ、ナルトはますます首を捻る。つまり、どういうことだってばよ?頭のなかQがぽんぽんしているが、戻ってきた瞳の奥、Aがこっそり隠れていた。
じっと見てくる。じぃっと見返せばそっぽ向かれる。だけど戻ってまた見てくる。重なったら、またまたどこかへ。
(あぁ、)
QとA、青と黒の追いかけっこ。掴まえるため、めいっぱいで腕を伸ばし肩抱き寄せて、軽くキス。
「風呂。入ってくる」
こくんと頷き、今さら彼女に向き合った。元気そうだ。和らぐ目もとがやっとで素直。
「頑張って良かったよな。あの時」
「あぁ」
ひとりひとりが、それぞれの目標を見つけられる。
そこに向かい存分に努力出来る。夢を叶えて幸せになる。
苦しみにも寄り添い、私は助けとなれれば、と思います。
澄んだ声がきりりと語る。瞬き見守るその先に、今度はナルトが嫉妬した。
録画ボタンを押し、続けて電源もオフにする。我が侭でテレビが埋まったら、サスケも負けじと勝手を言った。
「おい。この後、天気予報もあるんだぞ」
でも、それは照れ隠し。これから何がしたいかなんて、その瞳ではっきり、語ってる。
Ⅱ.鼻につく
ナルトのにおいは主張する。他人との比較ではない。サスケに対して、主張するのだ。
「……ふ、ぅ」
「ん……」
半分起こした身体を跨ぎ、腕を巻きつけキスをする。瞼の隙間、絞った明かりが青に宿った。真っ暗にして欲しいのに、ナルトが断固と却下するのだ。
忍は視覚を鍛えている。どうせ見えちまうんだから点けてたっていっしょ、というのが言い分だった。同じなら、消せばいいのに。
だけど、ぼうっと浮かぶ首すじは好きだ。骨を舐め日焼けた肌に頬を埋める。においが直に粘膜に沁みる。すん、と嗅いだら仰向く口唇がまた、キスを攫う。
「お前。オレのにおい、好きだよな」
好きじゃない。跳ねる意地はもう持たない。むしろ好きだと伝えたくて、でも言えないから、しぐさに変える。深く呼吸し胸の奥まで、離れていた時間の分まで存分に満たす。
サスケはそれほど鼻が利かない。カカシや、それこそキバなんかには及ばない。なのに、ナルトのにおいはよく解った。
「サスケ……」
囁き、ちゅっちゅっと吸っては噛んでくる。お返しに歯を立て、上唇に舌を沿わせた。そうしながらまたにおう。重ねる数だけ息する分だけ、身体から芯から、熱が湧く。
ナルトは空のにおいがする。ニカッと笑えばあたたかいし、落ち込むと湿っぽい。駆け出す時には、真直ぐで透く威勢がある。大丈夫だってばよ!抱きしめられたら広さを感じた。
太陽と雨、それから風。サスケが怒鳴ると、さすが雷みてえ、などと言うがナルトだって同じだ。全身から激しく発し、そう簡単には治まらない。
「ナルト、」
金の髪に指を絡め、そのままキス。昂ぶってきたのかそこからも、ナルトのにおいは濃く香った。こういう時には風も太陽も遠ざかる。汗がせっけんに勝り彼そのものになるのだ。自然にも何にも擬えられない、剥きだしの主張。
待ち合わせたのが間違いだった。この部屋に帰り、身支度してから行けば良かった。埃まみれで会った二秒後、ナルトは傍目気にせず腕を回す。やめろ。引っぺがしたら、ベストをゆるめタートルを下げる。
『悪ぃ。くせえよな?昨日、風呂に入れなくてさ』
汚れたままでも忍里はおおらかだ。お疲れさん、と労い、気になるならと個室に通してくれる。お通しも奮発してくれたのは、揃って現れたナルトとサスケへの興奮だろう。
『最近さ。オレたち、木ノ葉の両翼って呼ばれてんだって』
教えてくれたが、サスケにはどうでもいい称だった。そんなことよりジョッキ掴む手やビールを飲む咽喉ぼとけ、から揚げを咀嚼する口なんかが気になった。幾つになっても落ち着きのないナルトはしょっちゅう食べこぼし、その度あらっぽく、手で拭う。動くたび汗がにおった。嗅ぐごと飢えは枝葉繫らせ、全身を覆い欲望で実を結ぶ。
「んぅ……。く、ぁ」
絡めた舌をゆっくりと離す。繋がる糸はうす闇でも見えた。もったいなくて舐め取ったら、ナルトが笑う。下腹震わせながらサスケの下腹も撫で、遠慮なく股間を掴まれた。握って確かめ、揉んで擦る。スウェット生地では偽れない。
「かたくなってる」
耳元で指摘され、縮まる距離でまたにおう。汗のにおいオスのにおい。ナルトのにおい。サスケが欲しいと主張する、におい。
悔しくてたまらなくなって、胸を突いて圧し掛かった。両膝で腰を挟み、恥ずかしいけど自ら、そこを当てる。こうしたらナルトは興奮する。負けたくないから刺激するのだ。
「お前こそ。もう、我慢できねえのか?」
あえて見下ろし逸りを堪え、でもむちゃくちゃに、飽きずにキスした。奥まで求めて音をたてる。くちゅくちゅしたら、お互いぐんっと反りが増した。
ここまでしたならとことん、だろう。照れは潔く括り、ボトムをずらしてインナーも引く。もっと強くナルトがにおった。背すじ脳みそ眼の奥まで熱くするにおい。咽喉がひどく乾いてくる。まったく。こいつのにおいは、始末におえない。
「今日。上になりてえの?」
そして気づいてしまうのが、また鼻につく。しかし違うとも言えなくて、サスケはふん、と吐息鳴らした。
Ⅲ.手にあまる
こういう時。本人さえ知らないことだが、サスケの瞳は赤く染まる。なんぴと持たぬ彼だけの凄烈、光らせ眇めて潤ませる。零れたら溶けたみたいだ。何回見ても何年経っても、飽きることのないしずく。
「ッく。ぅ……」
「もちっと、かかる?」
たっぷり滴る汁を掬い、上から下まで塗りたくる。手のひらはますます滑りがよくて、握って扱くと音を鳴らした。たぶん聞こえてるんだろう。ましろい肌はうす桃に浮かび、赤はもっと真っ赤になる。オタマジャクシもきらっと黒くて、くるっと回った。
――― お前さ。興奮したら、写輪眼になるんだな。
――― はぁ?あり得ねえ。
この眼はそんなものじゃない。例によってフンッとするので、鏡に映すかそれとも録画か、なんてナルトは企んだ。でもやめた。心底呆れた。言いたげな彼が疑いもしない理を、その血を超えているのだと知っているのはおもしろい。サスケとはけっこう分かり合ってしまうので、希少なひみつは価値があるのだ。
たったひとり、自分だけが識る色彩に見下ろされ、見上げて見守る。くすぐり弄って指を埋め、掻き混ぜるのをじっと見た。支えた腰を前へ寄せ、漲る勃起を摩りつける。
「アッ!?」
「そのまま、イイとこ触れよ」
「っざけんな……。てめ、ぇ」
尖りかけた眼差しは、ぬちぬち遊ぶと途端とろけた。自覚したのか瞼が落ち耐えるための口唇が結ぶ。噛みしめて首を振り、重なる熱交じる体液に惑いながら、でも準備は休めない。受け入れるため、そこを拡げる。
このひとときが続いて欲しい。それは困る早く入りたい。夜に浮かぶきれいな赤をずっと見ていたい。いや。嫌だ、ひとつになりたい早くはやく、つながりたい。
矛盾の限界で手首を攫い、キスも奪って捕まえる。いつまで経っても最後までは出来ないサスケが、ほぅっと丸く吐息した。しなやかな腰を掴む。後ろに引いて位置を探し、鼓動のままに突き入れた。指の助けはもう要らない。それくらい欲しがっている。
「あぁっ!ァ、あぁ、あー……」
届くかぎりに貫けば、声色があまく、天井まで包んだ。弓のようにしなり猫みたいにまるくなる。はだかの胸に汗が流れた。
「んッ。んぁ……ん、ンんっ」
「ッ!そっ、か。久しぶり……だもん、な?」
快感が深すぎるのだろう。黒髪をぱさぱさ振って、口唇や眉まで歪める。きつく締め、待ちわびたように絞りとる自分を持てあましていた。
だからナルトが引き受ける。絡み縒るふたつ絲為すふたつ。それはひとつでいいんだと、認めてやるのだ。親指から小指まで、隙無く合わせ十に結んだ。
「うん。すげえいいよな?」
「……ぅ」
囁いて背ぼねを撫で、ゆっくり待つ。力ゆだねられるまで心がからだを許すまで、待った。やがて手のひらほど空気が触れる。浮かすのを待ってから、最後の栓を押し飛ばすのだ。
突いて突いて、突いて引き押し上げて、突く。そうしたら、我慢の反比例はあからさまだった。
「は、ぁ。あ……あァ、あぁあッ、ぃ!」
「どこ?どこが、好き。サスケ?」
「ここ……。ココっ」
前傾ではなく、後ろに手を着き腰を突き出す。反応しきったオスを剥き出し内部を刺激する方法は、ナルトが教えたものだった。それをなぞり、深く抉って少しも怯まない。だからこちらも挑んでいく。今。求められるのは優しさやいわたりじゃなくて、素のままなのだ。
「サスケ……。サスケ、サス、ケ!」
「ヒぁ……あァ、ぁぁ、あぁぁッ!!」
「イけ、よ。掛けて、いい……から」
乱暴に扱き、がむしゃら腰を突き上げる。負けたくないのかぎゅうぎゅうしたから、呼吸もさらに荒くなった。身体を起こして主導権を握る。胸の粒に吸いつくと、咽喉が綺麗に晒された。体勢は片腕で保ち、もう片方で抱きついてくる。
「ナル、ト」
降りそそぐ一途な声が可愛い。ナルト、なると。この世に唯一、赤い宝石がしずくを零し繰りかえし呼ぶ。背に爪が立ち肩にも何度も、噛みつかれた。一秒後。同じ頂へと至る。
「ッは……。ぁ、」
こてん、と預けられる体重を抱きとめ、うなじ掻きあげ瞼にキス。乱れるサスケは堪らなくたまらない。だけど何しろ最強なので、噛み痕も爪あとも痛い。指の型は赤くなるのだ。
(あー。やっぱ、いてえってばよサスケ)
ナルトの青も滲んでしまう。でもそれは、最高最愛の痛み。この手にあまる、幸せなのだ。
Ⅳ.口がわるい
その後のキスは始める時より、いごこちが悪い。口唇はもちろんこめかみも吸う。汗も違う水分も舐めてしまう。額に頬、あご首すじ鎖骨。さんざん残したくせにまだ痕をもっと赤を、増やしていくのだ。更には。
「……やめろ」
「えぇー!?」
跨いだ身体から腰をずらし、まる見えだろうが足振り上げた。遠慮なくかかとで蹴る。千切れない白、混じりあった粘液は腹を流れて股間を伝い、シーツまで染めていく。
体温がまだ、そこにある。果てたそこ満たされたそこ、からだの底こころの奥底にまで、ナルトが沁みて居ついていた。
だから捩ってしまうのだ。背を向けて視線を逃れ、なんとか淡々、こなそうとした。ティッシュケースはどこだろう。
「な、サスケ。なぁ、サスケェ」
ナルトの響きは、幾つになっても妙に軽やかで端っこが甘い。無邪気かわざとか、流そうとするのだ。獣みたいに唸っていたのが、俄かにこにこ、じゃれつく。
「いいだろ?キレイにしてやっからさ!」
「断る」
絡む両腕を跳ねた。自信満々、傲慢に言ってのける口が憎たらしい。そんなこと出来るか。睨んでも、めげず手を伸ばしてくる。させられるか、そんなこと。見つけた長方形で殴りつけた。ぺこっと間抜けな音が鳴るのは、残り少ない証拠。
ことが済んでもナルトは欲しがる。何もかも聞いて見て触れたくせに、そんなもの、まで食いたがるのだ。しかし実際口に入れれば、不味いと評する。お前のだから旨い。馬鹿げた精神論、妄想で嘘つかないのは正直、嫌いでない。
「……ほら」
嫌いではないが好きでもない。でも、ぶすくれた顔を知らぬふりは出来なかった。あまやかしてしまう。手のひらに二枚重ねの薄さを広げ、たゆんだゴムを受け取った。なまあたたかい。ほんとうに、情けないほどやられてる。オスの遺伝子に唾が湧き、また咽喉が渇くなんて。
「……え、」
ふと高鳴ったのは、まさかいつしか、伝染していたせいか。丸めた物体は放り投げ、悪戯ごころでキスをした。ちぅと飲んだら腰がぶるつく。ずッと啜えば、雷に打たれたみたいだ。間抜けな声も続いてわめく。
「さす……。うわ、え、えぇぇぇぇェェェェ!?」
「るっせーよ」
口でする時折も思っていたが、ただの体液たんぱく質だ。匂いが濃いのは空気に触れたからだろう。お前のは旨い。サスケだってそんな偽り唱えられないのだ。
しかし、気分は良かった。握り込んで舌を突き出す。慣れた男ぶっていたのを、上回って押さえつけた。ナルトがたちまち、真っ赤になる。
「イヤ嬉しいけど。えっ、あっ?待て、そんっ」
「動くな。潰されてえのか」
顔を傾け横から清める。握力を増し前歯も当てたら、脚の付け根がぶるっとした。サスケはこんなことしない。決めつけるな見くびるな。意外性は彼の代名詞だが、独占じゃない。
「……おい。勃ててどうする?」
「はぁ!?無茶言うなってばよ!」
「オレは寝たい。勝手に始末しろ」
「勝手なのはお前だろ!?わかった。もっかいする絶対すっからな!」
鼻膨らませふんふん鳴らす様に、ひとかけの雰囲気も無い。掴み返され力まかせで絞られた。痛い。ただの反撃、愛撫じゃなくて負けず嫌いだ。でも、嫌ではない。圧し掛かる重み湿った肌の質感を、ナルトのにおいを主張する我が侭を、振り払っても拡げ続けられる手のひらを嫌いになんて、なれるわけがない。なれなかった。ずっと。
「どうする?普通か……あ、サスケはちっと疲れてっか。だったら横向きで後ろから、」
なので今夜も蹴飛ばした。明日は少し早起きしたい。窓を開けて朝の風を満たし、お握りを作りたいのだ。蹴りまくり却下すれば、ナルトはまた喚く。
「イテエ!ほんっと、足くせが悪ィってばよ」
「黙れ絶倫。この、ウスラトンカチが」
「あぁあ!そんで口も悪いしな!」
「さっきからうるせえぞ、ナルト!」
「お前もだろサスケ!!」
フィールドは汚れたベッド。上と下を入れ替えながら、取っ組み合っての言い争い。本当に、お互い見事に口が悪い。しかし合間で睦み合う、この口がまた、わるいのだ。
Ⅴ.耳に残るは
午の刻の教室には、なつかしい光があった。扉の外が落ち着かないのは昼休みに入ったせいか。弁当を食おう。食ったらみんなで、一緒に遊ぼう。あの頃は腹ざわつかせた歓声も、今はちっとも、気にならない。かわいいなぁと思うのは年齢のせいだろうが、それ以上のもっとが違うのだ。
おおきなお握りをみっつ取り出し、指しばし迷わせた後、真ん中を選んだ。梅干しだった。頁繰りながらでも、咀嚼の速度は留まらない。種を除いてくれているのだ。
「現在の情勢、交渉術に判例集。でもまずは、歴史のおさらいだな」
「げッ!」
ふたつめは胡麻をまぶした切り昆布で、これも旨いが呻きは漏れる。机上には分厚い本が詰まれ教壇にもまだ、山とあった。でも決めたことだ。文字ばかりの紙をクナイの的にしてやりたいが、やるしかない。決めたことのため必要なこと。
「……ナルト」
みっつめ。おかかお握りを味わいつつ顔を上げれば、恩師の目は優しかった。あたたかに滲ませながら、讃えてくれる。
「よく、ここまで来たな。本当に、よく、頑張った」
「……うん」
たくさん応えたいのに返事しか出てこなかった。嬉しくてくすぐったくて、ありがとうで胸いっぱいになる。
ここまで来た。イルカが護ってくれたから、カカシとサクラが側にいたから。師と出会い仲間も増えた。九喇嘛とだって相棒になれた。頑張れた。皆のおかげで辿りつけたのだ。
(だけど、)
その時ひゅぅっと、ガラスの隙から風が舞い込む。鼓膜を揺らす清かにふと、呼び覚まされた。せつなげな声まるい吐息。何度も何度も、呼んでくれる名前。聴くたびに満たされる。思い出すごと、強くなれるのだ。
だから、これからだってきっと、大丈夫。サスケと一緒なら何だって越えて、いつか必ず、叶えてみせる。
デザートがわりにプチトマトをぷしゅっとしたら、口の中いっぱい、甘酸っぱさが広がった。
◇
任務中は好物をひとつだけ。いかなる長閑でも忍が休息を貪るなど、相応しくないだろう。補うために兵糧丸を噛み砕き竹筒の水で流し込む。しかし傍ら、他の者は賑やかだった。
昨日が最後だったんだな。挨拶すればよかった。春になるのが、楽しみだ。
「だって忍界の英雄だもんな」
「絶対、歴代最強の火影だぜ!」
ナルトはたぶん、知らないだろう。夢掴んだその姿が、突き進む強さが彼らの支えとなり、希望になっていることを。
そして彼らは知らないのだ。太陽みたいなおおらかが獰猛になることも、奇襲をかけたら無様に動揺するのも。甘ったれた我が侭いうのも、サスケだけが知るナルトの素のままだ。
それはこれからも変わらない。長に立つことで架される孤独があるとしても、自分たちは相変わらず、昨夜みたいにからだを重ねつながるだろう。朝が来たら尻を蹴飛ばし、奮い立たせてやればいい。
(だから、)
その時ぶわっと、木立の隙から風が駆ける。全身を包む勢いにふと、呼び覚まされた。熱っぽい声掠れた息遣い。しつこいぐらい、呼んでくれる名前。聴くたびに芯がふるえる。思い出すごと、強くなりたいと願うのだ。
そうだ。きっと、大丈夫。ナルトと一緒なら何とだって戦っていつか世界も、変えてみせる。
恐れるな。このからだは、愛ってやつを識っている。
何があっても離さない。いつだって、この愛はトクベツ。