seesaw-game④ ※R18

【 seesaw-game ~ R ~ 】

 晩飯の支度は先に帰って来た方。片付けは、後から着いて用意された晩飯を食べた者。
 ふたり暮らしのささやかなルールを滞りなくこなし、布巾をギュッと絞り上げる。飛び散った水滴を最後に拭き取れば、シンクは見事ぴかぴかになった。整った顔にフッと満足の笑みを浮かべ、サスケは右、ひだりと視線を巡らせる。
 どうだ見てみろ、このナルトとの違いを!
 だいたい奴は、何かにつけ無駄に勢いがあり過ぎるのだ。一滴で充分な高品質の洗剤を惜しげも無くスポンジに注ぐし、蛇口全開で勤しむものだから床にまで水が飛び散る。
 そしてそれを叱った翌日。
『……あ。米粒見ぃっけ!』
 とか嬉しそうに三角コーナーから屑ゴミを拾い上げられた屈辱は今も忘れられない。
 ということで、家事に対するサスケのセルフチェックは厳しい。ほんの欠片だってナルトにツッ込まれてなるものか、と狭い台所の隅々まで確認を怠らない。
 今日は使わなかったコンロの汚れまで完璧に拭い取ってやった。少し前から気になっていた急須と湯呑もサッと漂白剤に浸し、ガンコな茶渋もすっきりだ。
 ある意味任務を達成した時以上の充実感に浸りながら、濡れた手をタオルで拭う。がちゃ、と背後で冷蔵庫が鳴り振り返れば、背中からほかほか湯気を立てたナルトが嬉しそうに中を探っていた。
「さ、何飲もっかな。今日は牛乳の気分じゃねーんだよな~」
 新商品のフレーバー付炭酸水と、紙パックのオレンジジュースを両手に持って見比べる。
 だから決めてからドアを開けろ、冷気が逃げる勿体ねぇ。
 しかしそのお小言は、グッと咽喉に飲み込んだ。
 今日の任務は日帰りの短時間だが、少々危険の伴うものだと聞いていたのだ。
 確か、先日の大雪で崩れたトンネルの調査と修復……だったか。巻き込まれた者はいないということだったが、作業を進めると悲惨な事実が判明する場合もある。まだまだ不安定な地盤でもあり、任務に就く者にはかなりのプレッシャーがあっただろう。
 しかし幸い被害者はおらず、メンバーも皆無事に帰って来た。リーダーを務めたナルトとしては、解放感があるのも当然だ。
 まぁ、充分好きなように迷ってくれ。炭酸水もジュースもお前が寄って来た二十四時間商店より近くのスーパーの方が15%オフで断然お安いのだが、今日ばかりは見逃してやる。
 しばしの検討の末炭酸水を選んだナルトは、至極楽しそうにキャップを捻りつつリビングを横切って行く。旨そうに一口呷った後、リモコンを手に取ってテレビのチャンネルを忙しく回しながら。
「サスケ、今日の風呂いいカンジだぜ?あったかヨモギってやつ」
 選んだ自分を褒めてくれと言わんばかりに、ニコニコ笑ってこちらを見てくる。その入浴剤だってドラッグストアで買えばかなり安くなるし、ポイントだって溜まるのだがだいたいお前はいつも……以下略。
 まぁ、今夜は許してやろう。ナルトはもちろん、サスケもすこぶるご機嫌麗しい。水仕事で冷えた手をなんとなく擦り合わせる。
 サスケの方は相変わらず、任務以上にチビッコ下忍どものお守り疲れが溜っている。さぁ、早く風呂に行って癒されてくるか。
 夜着替わりのスウェットはほぼナルトとお揃いだ。
 サスケは淡いチャコールで、ナルトはアイボリー。色だって似ているが、サスケの方にはナルトの強い主張でフードが付いている。なんでも、『サスケは絶対コレだよな!』だそうだ。衣服に拘りの薄いサスケとしてはいまいちよく解らず、そしてどうでもいいのでそのまま着続けてやっているが。
 程良く洗濯疲れしたそれを取り上げバスルームへと足を向ければ、急にひやりとした冷気が首を擽った。見れば何故かそこに彼の姿は無く、奥からカラリと小さな音が聞こえてくる。
「……ナルト?」
 暖房こそ点けていないが、ふたりの気配で部屋は程良い温度を保っている。何故窓など開けるのだ、と眉を潜めて訝れば、それが伝わったのか焦った声が大きく応えた。
「あ……あのさあのさ!風呂上がりで、ちっと暑くて!!」
 それならば、リビングの窓を開ければいいだろう。どうしてわざわざ寝室なのか。
 さらに今はいわゆる暦の上では春、という時期で、つまり実感はまだまだ冬の内である。今日のナルトの任務然りだ。
 晩飯だってホットプレートを持ち出して来て肉と野菜を豪快に炒め、熱々でいいよなー、とご満悦だったろうが(ちなみに焼き肉のタレをかけるかポン酢を使うかで一頻り揉めた)。
 とはいえまぁ、それ程気にすることでもないだろう。この時サスケはそう結論付け、些細な違和感を見過ごした。
 “あったかヨモギ”とやらはそんなにも効能を発揮するのだな……と至って平和に期待しつつ、一応釘を刺してやる。
「少し治まったら閉めろよ。湯冷めする」
「お……おぅ、モチロンだってばよ!すぐ、すぐに閉めるな!」
 妙に聞き分けが良いため、そのお返事はどうも胡散臭い。
 だがサスケは早く温まりたい故にそんなサインをスル―して、澄んだ緑の湯に心地良く身を浸す頃にはすっかり忘れてしまっていたのだ。

   ◇

 それを思い出したのは、さていざ……という時だった。
 さて、というのはテレビを見ながら始まったじゃれ合いが本気になって後には引けなくなった事態で、いざ、というのはナルトがサスケのソコをタップリと慣らし終えた、まさにそのタイミングである。
「ナル……ト、」
 乱れ蕩けた声で、それでも懸命に呼び掛けた。
 存分に擦り上げられたモノが解放を待ち侘び震えているのが解る。疼く場所も早くナルトの熱が欲しいと訴えているが、頬に触れる冷たい感触が溺れたがるその衝動を押し留めた。
「まど……。ッン、窓、まだ開いて……っぁ、」
「あー……そっかぁ」
 示す言葉に切れ切れの吐息が混じるのは、ゴムの包みを手繰り寄せるナルトがもう片手で胸の頂きを弄んでいるからだ。赤い尖りをきゅっと掴み転がしながら、余裕でへらっと笑ってみせる。
「ワリ、閉め忘れてた」
「なら、閉め……ゃッ!」
 少し大きく主張すれば、拒むようにより強い刺激が与えられる。大きく身体を波打たせれば、勃ち上がったソレからジワリと先走りが漏れるのを感じた。あぁ、男でもここでヨくなることが出来るだなんて、知りたくもなかった。
「まぁ、いいじゃん?だって今閉めに行ったら、なんかサスケもオレも萎えそうだし?」
 ……いや、お前は絶対萎えねえだろ。薄っすらサスケは思った。
 いったん火が付いたナルトのナルトさんは、仮に氷水を被ったところでシュンとなんてならないはずだ。
 だが確かに、自分はそうかも知れない。抱き合うことに慣れていない頃には、ゴムを着けるのに手間取るナルトを(生)暖かく見守るうち、すっかりその気が失せた前例もある。
 しかしそんな初々しい時代など既に昔。素早く準備を整えたナルトは、改めてサスケに圧し掛かって来た。さっきは三本含ませていた指を敢えて一番細く短い小指のみに替え、厭らしく焦らしてくる。浅い場所を頼りなく引っ掻かれれば、強請る喘ぎが小さく零れた。
「……ホラ。早く、おっきいの欲しいだろ……サスケ?」
 こういう時、ナルトの言語センスは極めて残念だ。あの師匠の受け売りなのかも知れないが、今時それはねえだろ、とサスケを性感とは違う怖気で震わせる。
 しかし、今はその通りなのだからどうしようもない。身を捩らせ教えられた方法で必死で後ろに力を込め、微かな快楽を拾おうとする。それでも全然足りず、疼きは高まる一方だった。ただ放置されるより、こうして中途半端に責められる方がよっぽどクル。
「だめ……だ、窓……ッ。ナルト……っふッ、まどっ」
 それでもサスケは何とか踏み留まる。
 仰け反る合間に視線を遣れば、開いた隙間は三分の一程だろうか。流れ込む夜風は火照る肌に心地良い位だが、部屋は道路に面している。ぴったりと硝子を閉めカーテンで覆っていても、たまに気になることがあるのだ。例え数センチだったとしても、このままなんて受け入れられない。
 それを解っているのだろう。
 ナルトはニヤリと口唇を歪め、そっと耳元に囁いてきた。嬲る小指はもちろん休めない。
「なんでヤなんだ、サスケ?」
「……んンっ」
「なぁ……言えよ」
 クソ、この根性悪のウスラトンカチが!
 なんて言わせたいかなんて、サスケには充分に解っている。
 だが、知っているからこそ従うなんて真っ平御免。コイツの言いなりになる位ならこっちの方がまだマシだ、と自らソコに手を伸ばす。ナルトなんて知ったことか、早々に自分だけでイッてやる。
「うわ……。そこで自分でスんのがサスケだよな」
「……ぅ……っく」
 手助けをするように、大きな掌が重なってくる。その癖必死で擦り上げる指を咎め、柔い動きにコントロールしながら厭らしく吹き込んでくるのだ。
「……声。聞かれるの、ヤなんだろ?」
「は……あァっ」
「なら、ガマンしねーとな?」
「んぅ、んン―――ッッ」
 迸りそうになった嬌声を、両手で押さえ込む。後ろの指が、ようやく二本に増やされたのだ。それでも到底求めるモノには敵わない。昇り詰めようと焦る衝動も根元をきつく拘束されれば叶わなくなった。ナルトの青は、こうして抱き合う時にこそより濃く鮮やかに見える。
 どこか獣じみたその光を恨めしく見上げ、サスケはやっと腹を括った。ダメだ。まだ、全然足りない。隠しようもない情欲に震える腕をなんとか持ち上げ、身体も浮かせ熱い肌に必死でしがみついた。
「いいかげんに、しろ……ッ」
 かぷりと耳に噛みついて、さっきされたことを真似してやる。
「早く……。来い、よ、ナルト……」
 熱っぽい囁きを吐息と共に注ぎ落せば、落ち着いた笑いが低く応えた。やけに大人びたその響きに、なんだかひどくぞわぞわする。苛立ちと官能が一緒くたになって、身体を芯から震わせている。
「今でもそんななのに、おっきいの入れてガマン出来んの?オレってば今日かなり気分いいから、メチャクチャ突きまくるけど?」
 ……なるほど。今夜のイチオシワードは、“おっきいの”というわけらしい。
 残念な言葉責めにも、しかし本能はゾクリと悦ぶ。そうだ、その通りだ。早く欲しい。ナルトのソレで奥まで暴かれ、もっともっと気持ち良くなりたい。
 浅ましいそんな願いは、しかし鼻先にフンと吐息を散らして誤魔化した。するり回した腕に力を込め、伸び上がるようにして口唇を奪う。
 呼吸の続く限り咥内を嬲り合えば、興奮がより荒ぶるのが伝わった。それから頭を少し傾け、サスケは殊更艶っぽく笑んでみせる。
「それがどうした?お前にされて、アンアンよがった記憶なんてねえぞ」
「……そだな。サスケはいっつも、あんま声出さないもんな。こうやって触ってる時は啼いてくれても、入れた後はずっとガマンしてるもんな」
「……我慢してるわけじゃねえ」
「ふぅん?つまりオレがヘタクソだって、そう言いたいのかってばよ」
 ギリギリ至近距離で、強気な笑みを交わし合う。
 まるで普段の続きみたいな、些細な意地とプライドの掛け合い。
 溢れた唾液を咽喉元から擽り顎まで舐めあげてやれば、ぴとりと後ろに熱が触れる。最も敏感な場所で感じる互いに息を詰め、これからの期待に揃って身を震わせた。
「……声。出すなよ」
 掠れた声で下された命令は、いつも真っ直ぐ朗らかなあのナルトのものだとは到底思えない。自分以外の誰も知らないひどく男臭い表情に捕らえられれば、咽喉が渇いて腹の底が激しい餓えを訴えてくる。
 そして訪れるべき性歓を迎えるため、サスケはそっと、瞼を伏せた。

   ◇

 あぁ、朝陽が眩しい。
 青春賛歌なあの暑っ苦しい上忍はかつて、『今日は……ひどく太陽が黄色いな』と早朝からよく黄昏ては小さな忍者たちから胡乱な眼で遠巻きにされていたものだが、その気持ちが今なら少しわかるような気がする。
 あの時、カカシは何と言っていただろうか。あぁあれ、ただの二日酔いだから無視しちゃっていいよ。そんな風だったか。
 しかしこの鈍痛と気だるさは、酒に由来するものではない。
 ポケットから取り出した小銭を、少しの躊躇の後に自動販売機へと滑らせる。
 いつもは古いコーヒーメーカーが作った無料のものを飲んでいるのだが、今日はなんだか気分が良い。ささやかな昂揚に押されるようにして、缶は缶でもボトルの方を選ぶ。なんでも最近火の国に進出した有名店のバリスタが監修したとか極上の豆をフルーティに焙煎とか、とにかくそんな触れ込みのやつだ。
 キャップを捻れば、ふわりといい匂いが周囲にまで漂う。どうやらぼったくりではないようで、熱々のそれは高価な分だけ確かに旨かった。長蛇の列に並ばなくても叶う手軽さを考えれば、むしろコストパフォーマンスは良いかもしれない。
 至極ご満悦で、サスケは寝不足の身体をゆったりと壁に凭れさせた。ここは中忍以上に許された待機室なのだが、すったもんだ下忍のサスケは特例として使用を許されている。同期たちが掛け合ってくれたおかげではあるが、一説では、無言で佇むサスケの迫力にチビどもが脅威を覚えた故とも語られる。
 ふぅ、と一息吐いてから、無糖コーヒーをまたひとくち。差し込む光はやはり眼に痛く、主に股関節を中心に違和感が残っていた。しかし今朝は、そんなことにすら満足している。
 そう。昨夜は、かなり熱く盛り上がってしまったのだ。
 普段ならもっと声出してと必死で請うてくるナルトはやけに余裕ぶっていて、耳元で何度も戒めてきた。 
『……ダメだってばよ、サスケ。ハズカシイ声、聞かれちまうぞ?』
 だいたいサスケは、ナルトの言葉を素直に受け入れ難い傾向がある。それは反発というよりも主に照れや気恥ずかしさに基づくのだが、負けず嫌いの性分も相まって、特にベッドの中でその癖が顕著に表れた。
 だからこそ声を出せと言われても、死んでも啼くかクソが!とこれまで堪えてきたわけで。
 つまり、出すなと命じられれば自然それに逆らってしまう。
 とはいえ一応世間様には秘めた関係であるわけだし、たとえ男女のそれであっても睦み合う声を周囲にまき散らすのは非常な迷惑だろう。何より、翌日から真顔で道が歩けなくなってしまうではないか。どれ程気持ちよくともめちゃくちゃに感じていようと、我慢する以外ないのだ。
 相反するそれはサスケをひどく昂らせ、ナルトを更に煽りたてた。
 声を殺し切れなくなれば、ひっくり返して四つん這いを強いられる。だがそれも拒めず、枕に顔を押し付け必死で噛み締めた。
 バックなんてまるで犬猫みたいで好きじゃないのに、そうする以外押さえる方法が無いのだから仕方無い。肌が鳴る程激しく突き上げられれば、唾液が溢れ白いカバーにだらしない染みを広げた。
『……ッ、すげ、サスケ……。今日、めちゃくちゃ締めつけてくる……ッ!』
 興奮しきった声でナルトが何やら指摘してきたが、それに抗う余裕も無い。あからさまに深く繋がる姿勢はあまり経験が無かった故にとんでもなく強烈で、上擦る呼吸まで飲み込めば、酸素不足で頭がぼうっとなった。
『な、ココ感じる?気持ちイイ?』
『……ッ……ッンぅ……っはぁ、ァ!』
『だぁめ。ほら……ガマンして』
 背中から抱き締められ、耳元で咎められる度興奮はより高まった。せめて早く終わらせようと自棄になって腰を振ると、その卑猥さを囁かれる。それにまた官能は深まり、溢れた蜜がシーツにぽたぽたと証を散らす。堪えられず仰け反る頭を押さえ込まれて見ろと強いられれば、昂りきった自身まではっきり映っておかしくなりそうだった。
『……やべっ、イク……!!な、イッて、いい?』
『ふ……っぅ、ん、ンンーッッ!!』
『ほら、サスケも、出せっ……て、』
 ……とまぁ。そんなこんなで、たいへん盛り上がりまくってしまったのである。
 ほぼ同時に精を放ち、なんとも嬉しそうなナルトに髪を梳かれながらサスケが自身に疑いを抱いてしまったのも仕方がないだろう。
 おい。まさか、オレはMなんじゃないだろうな?
 そんな懸念が浮かぶ程、双方に深い歓びを齎したセックスだったのだ。
 ナルトとこういう関係になってから数年が経つ。
 その行為のキッカケは、8割方勢いだったのだろう。だから当初は照れや気恥ずかしさが先立って、誘うことにも受け入れるのにも、常にぎくしゃくとした空気が付き纏った。
 だが最近はそんなもの、すっかりどこかへ吹っ飛んでいた。
 何しろ、良くも悪くも男同士だ。ヤリたい盛りの年齢ということもあり、暇潰しのようにしてコトに耽ることもある。お互いのバイオリズムすら赤裸々で、長期任務明けのナルトから求められ、
『オレはいい。今朝、抜いちまったから』
『えーっ!?チクショ、じゃあオレもそうすっかなー。さすがに眠たいしなぁ』
 などと平然と会話することもあるし、いわゆるピロートークというやつですら。
『あー、なんで出すとこんなに疲れんのかな?キモチいいはいいんだけど』
『……魚で、出した後死ぬ種類があるらしいぞ』
『エッ、マジかよ!?』
『あぁ。しかも一生に一度で、メスの産んだ卵に射精して終わりだ』
『うわぁ……。そんなん、エッチしたって言えねーだろ。オレ、人間で良かったってばよ……』
『……同感だ』
『だよなぁ』
 ……こんな感じである。
 詮無きもしもの話だが、これが女性相手ならふたりとも即刻別れを告げられるに違いない。げに慣れとは恐ろしいもので、抱き合って得られる歓びが日常のひとつとなってしまえば、毎回そんなにも盛り上がるわけではないのである。
 しかし昨夜は違った。久々に乱れ狂った気まずさは、一呼吸置けば互いへのどうしようもない愛おしさへと形を変える。
『……サスケ。今日、すげぇエロ可愛かった』
『るっせーよ……ウスラトンカチ』
 額を合わせて眼を覗き合い、照れ笑いしながら何回もキスをした。いつものように風呂の順番を争って喧嘩することもなく、謙虚に譲り合う始末だったのだから自分たちも単純だ。
 結局ふたりでシャワーを浴びればまたも盛り上がってしまって、そのままもう一度。それからようやくベッドに戻り、抱き締め合って短い眠りを貪ったのだ。
 男同士のセックスなんて非生産の極みだろう。しかし昨夜は本当に、心の底から満たされた。
(ナルトは、今日から湯の国だったな……)
 寝ぼけ眼を瞬かせながら旅立って行った彼に想いを馳せる。
 あまり雪が酷くなければいいのだが。コーヒー片手に、サスケは遠く窓の外を眺める。その姿はまさに、黄昏ているそのものだった。
 しかしここは、日々忙しく任務に励む忍たち共通の安らぎの場。一人きりの穏やかな静寂は俄か破られ、不粋な声に呼び掛けられた。
「お、サスケか。久し振りだな」
 少々残念な気分になりながら視線を戻せば、頭部をすっぽりと布で覆った男が現れたところだった。隣には、真一文字に巻いたバンテージが際立つもう一人。ベテラン中忍コンビ、神月イズモとはがねコテツである。
 さて今更ではあるが、木ノ葉に舞い戻って来たサスケに対する忍たちの反応はまさに多種多様である。
 過去はさておきまずは良かった、と心広く受け入れた者もいれば、いつまた木ノ葉を裏切るか解らない、と厳しい目を向ける者もいる。忍界大戦で示された圧倒的な力を勝手に信奉する輩もいたし(サスケにとっては実にウザイ)、一方ではその強さを恐れる奴も存在する。
 従ってサスケに対する接し方も十人十色というやつなのだが、イズモとコテツは比較的コミュニケーションの取りやすい相手だった。過剰な歓迎も極端な排斥もせず、自然に声を掛けてくるが深入りはしない。何より、短く会話を纏めてくれるのが有難かった。
「なんだ。お前、また背が伸びたんじゃないか?」
「横じゃなく上にばっか育つのが若さだよなぁ」
 ぺこ、と軽く頭を動かしたサスケに鷹揚に笑ってみせ、あとは二人で勝手に盛り上がっている。
「あれだ、同じように時間が進んでても、コイツらは成長でオレたちは老化だからな」
「うわ、ヘコむなそれ……事実だけど」
「あんなチビだったのがもうこんなだからな。そりゃ、オレたち歳も取るわけだ」
「いやいや待て待て、まだイケるだろオレたちも!そもそも上忍なってないしな!!」
 紙コップにコーヒーを汲み(つまり無料の方だ)、嘆いているのか楽しんでいるのか解らない遣り取りは続く。なんとなく居心地が悪くなり、サスケは壁に預けた背を離した。
 ナルトとのアレコレは、一人だからこそ浸っていられる回想なのだ。内容が内容だけに、誰かが近くにいればどうも罪悪感めいた気持ちも覚える。
 集合までは時間があるが、たまにはのんびり、散歩のようにして向かうのも悪くないだろう。指に挟んだアルミキャップを弄びつつ、そう考えた時だった。
「でも本当、コイツらももう大人なんだなって心底思うぜ。この前もナルトの奴がさ……」
 明け方までタップリ絡み合ったせいで、身体の奥にはまだ彼の名残を淡く感じ取ることが出来る。普段より鋭敏に聴覚がピンと反応し、サスケは動きを止めた。
(……ナルト?)
 もはや自分の一部のように馴染んだその名を呟く。
 あいつが一体どうしたのだろう、という純粋な興味。
 そして話の流れから、『すっかり大人で感心した』とか、『本当にたいした奴だよな』みたいな、相方を称賛する言葉が聞けるのではないかという健気な期待が湧いてきたのだ。
 もう少しここにいようか。木ノ葉隠れの名物コンビが果たしてどんな評価をするのか気になるし、そしてそれをナルトに伝えたらきっと喜ぶに違いない……と、スミビ焙監修!あのフルーティな芳香をアナタも手軽に以下略缶コーヒーをちびり啜ったその矢先。

「最近エッチが盛り上がらねーんだよなぁ、とか言ってきやがって……」

(―――――!?)
 液体が、液体のくせに咽喉に詰まりかける。慌ててそれを飲み下し、サスケは忙しく眼を瞬かせた。
 なんだ。一体、どういうことだ?
 いきなりぶっ飛んだ単語が聞こえた気がしたが思い違いか、オレの頭が今ソッチ方向に染まってるからそのせいなのか?
「うわ、アイツ女いるのか!?そんな素振りないけどなぁ」
「だからウチの連中じゃなくて他里の女なんだろ。ほら、ナルトはけっこう顔が広いからな。里外任務の時にこっそり逢ってんのかってカマかけたら、なんかへらへら笑って誤魔化してたけど」
「あー……なるほど」
 いや違う。アイツには女なんていない。
 敢えて言えばいるのは男だ。というか、このオレだ!!
 紙コップ片手に彼らはまったりと納得しているが、総力を挙げて訂正をツッ込んでいく。
 なお、浮気疑惑などこれっぽっちも生じないあたりが地味にけっこう怖ろしいのだが、サスケとしては至極当然のことである。サスケサスケェと日々あれ程情熱執着精力全て傾けている男が、まさか他でも種を撒いているなどとは到底思えないのだ。
 それに、どこぞで摘まみ食いでもした日にはまぁ覚悟しておけと、バチリと千鳥を鳴らして牽制してやったこともある。股間を押さえてナルトは震え上がっていたから、そんな事態が起こるはずもないのだ。
 しかしなんだ、エッチが盛り上がらない?
 確かに夜毎激しくガツガツはしていないが、それでも5回に1回くらいはけっこうそれなりだろうというのがサスケの実感である。
 昨夜程の盛り上がりは稀だとはいえ、いつもちゃんとキモチ良くなっているのだ。
 ただ、それを改めて伝えることがないというだけで、ナルトとのセックスに不満を感じたことなど一度も無い。せいぜいがしつこすぎてウザいとか言葉責めが寒いとか、その程度の可愛い愚痴レベルだ。
 傍目には極めてクールに缶コーヒーを傾けながら、しかしサスケは思考をフルスピードで回転させている。そして彼のそんなぐるぐる脳内を置いてけぼりに、オッサン二人は呑気な談笑を続けていた。
 それでお前、まさか変な入れ知恵したんじゃないだろうな?
 何とも面白そうに訝るコテツに、くくっと意地悪く返すイズモの声が聞こえた。
「だからな……たまには窓とか開けてみろよって、そう」
(―――――!!?)
 液体が、液体のくせに見事咽喉に絡んだ。瞬きでは到底足りず、ブレた視界の中でサスケは咽返る。そしてうっかり、よろめきかけた。
 窓。開ける。
 容赦なく流れ込むキィワードに、昨夜の記憶がじわじわと蘇ってくる。
『あ……あのさあのさ!風呂上がりで、ちっと暑くて!!』
『すぐ、すぐに閉めるな!』
『ワリ、閉め忘れてた』
 にへら、と緩んでいた、愛嬌のある大きな口。
「っぶは!オイオイなんだよそれ!?」
「イヤ、刺激があればいいんじゃないかって。ナルトの奴、あんま声出してくれないとかグチグチ言ってやがったから。それなら声出すとヤバいシチュエーション作ったら逆に燃えるんじゃねえのって、そうさ」
「馬鹿だなーお前も!っつか、その発想自体かなり欲求不満な感じでウケるわ」
『……ダメだってばよ、サスケ』
『ハズカシイ声、聞かれちまうぞ?』
『だぁめ。ほら……ガマンして』
 ―――――声。出すなよ。
 甘ったるく、そして傲慢に繰り返された命令。
 それに従いあまつさえ興奮し、めちゃくちゃに感じまくって積極的に腰を振り達した自分。
 ボトル缶を握った指がわなわなと震えてくる。あっけらかんと大笑いするイズモとコテツは、何もサスケへの当てつけでこんな話題を持ち出したはずもないだろう。
 彼らは自分をからかっているわけではない。笑い者にしているのではない。
 それは解っているけれど、どうしようもない居たたまれなさが込み上げカッと頬が熱くなるのを感じた。
 そもそも、セックスは秘め事と表す類のものなのだ。盛り上がらないとか声を出さないとか、そんな事情を他人に晒す感覚自体サスケには理解不能だ。
「違う違う!オレが考えたんじゃなくて……。ホラ、この雑誌に載ってたの偶然思い出してさ」
「エ、どれだよ……うわ、まんま童貞の妄想!って感じだな。お前、本気でナルトがやりやがったらどうするんだよ?これは揉めるだろさすがに」
「あー……なんかすげぇ美人だけどメチャクチャ気が強くて、調子に乗り過ぎたらヤッてる最中でもベッドから蹴り落とされるとか言ってたな。そんで床で寝るハメになるんだと」
「ハハッ!おいおい凶暴な女だなぁ!」
 あぁそうだ。その言動が気に食わなければ、自分は確かにナルトに蹴りを入れる。入っていようが無理矢理抜いて、ぷいっとソッポを向いて無視している。
 仰るとおり、サスケェ~といかにナルトが機嫌を取ろうとベッドに上がることを許さない。能天気な金髪頭に足裏をめり込ませ、厳しく躾けている。
 ……という、そんなこんなまで話したっていうのかあのクソドベがぁぁぁっっ!!
「でも、意外と上手くいったりしてな?」
「あぁ。そもそもあのナルトと付き合うんだから、その女だってけっこう単純な奴かもしれないし……」
 悪意のカケラも無い無邪気な言葉が、ついにサスケをブチギレさせた。昇った血が羞恥を凌駕し、激しい怒りへとメラメラ変質させていく。そして、その結果。

 ――――ッブっシャァァァぁぁぁッッッ!!!

 平和な朝のひとときに、突如異常音が吹き上がった。
 いや、もしかしたらそれはエマージェンシーコールだったのかもしれない。名物(万年)中忍コンビのオッサンたちが仲良く背を震わせ、声まで揃えて恐る恐る呼び掛けてくる。
「……サス……ケ?」
「スンマセン手がすべりました」
 それにサスケはワンブレスで応える。
 棒読みとはこういうことを言うんですよ、というお手本みたいに淡々と紡ぐ口唇には、琥珀色した高価な液体が飛び散っていた。どれ程の圧が掛かったのか、その掌の内で見事にボトルが捩れている。
 イヤイヤお前、滑ったって言う割に缶落としてねえから!
 そうツッ込む余裕もなく、イズモとコテツが顔を引き攣らせているのがわかる。後輩の性生活をネタに朝っぱらから和気藹々と盛り上がっていた数瞬前とは、まるで別人のような顔色だ。
 窓の外では小鳥さんたちが朝の調べを愛らしく奏でていたが、三人の間には氷点下ゼロな沈黙が張り詰めていく。
 ゆら……と視線を動かし、サスケはコテツが抱える雑誌へと意識を向けた。別に睨んだわけではないのだけれど、彼はぴやっと数センチ飛び上がったようだ。
 オイなんだ、オレは猛獣か何かか?それともよほど怖ろしい顔をしてるのか?
 しばし後ようやくアルミ缶がサスケの手を滑り落ち、カランと乾いた音を響かせた。
「ッ、おおおお前、大丈夫か!?」
「火傷!そうだ、火傷したんじゃないか!?」
 まるで呪縛が解けたように、今度は二人してわぁわぁと騒ぎ始める。
 早く手を冷やして来い、片付けなら掃除のオバさんに頼んでおいてやるから……と口々に提案してくれるのは、優しさ半分、しかしもう半分は早くサスケにここから立ち去ってもらいたい、という恐怖からだろう。
 先輩方のそんな気遣いを有難く頂戴し、サスケはぺこりとお行儀良く頭を下げる。しかしその脳内では、類稀なる眼力で捉えた雑誌のタイトルを幾度も幾度も呟いていた。

   ◇

 両腕で胸を押し上げ、上目遣いに微笑む彼女と見つめ合うこと実に十数分。
 最後の砦をどうしても崩せず書棚の前で立ち尽くしていれば、コホン、と遠くからレジ係の咳払いアピールが聞こえてきた。
 駄菓子コーナー辺りで何やら気配を感じるのは、アカデミー帰りらしい少年が怖々とこちらを窺っているせいだ。
 きっと彼は、サスケの足元に積まれた本日発売の週刊忍ジャンプを一刻も早く買いたいのだろう。海賊たちの冒険の続きや、終了5秒前にリングに弾かれたバスケットボールは果たしてどうなったのかと気が気でならないに違い無い。
 カラアゲちゃんでもひとつ買ってやれば、あの店員のご不興は治まるだろう。ご近所スーパーの惣菜売場より割高になってしまうがこの際眼を瞑るしかない。
 その分、タイムセールで豆腐を二丁仕入れて来た。食材の使い回しを考えないナルトがおおざっぱに購入してきた野菜が大量に残っているので、今夜は一人湯豆腐だ。
 野菜と豆腐、それに鶏肉。イズモとコテツが羨んだ通り未だ成長期な身体には、実に適したメニューではないか……
(それにしても、最近トマトがやけに高いな)
 基本的にはハウス栽培すなわち安定供給されているはずなのに、季節を言い訳にされているようでどうにも腹立たしい。
 思考がつい逃避しかかれば、咎めるように近くでがさりと音がする。視線を上げれば、もう一人の店員がわざとらしく書棚整理を始めるところだった。
 ぴかぴかに磨かれた硝子越し、鬱陶しそうにこちらを眺めるコイツなどどうでもいい。どうせカラアゲちゃんでありがとうございましたぁ~、だ。
 しかし、少年に罪は無い。そろそろ陽が沈むから早く帰らないと叱られるだろうし、心配した家族が待っているかもしれない。
 ふと思い浮かべたそんな光景に背を押され、サスケはようやく目的のモノへと手を伸ばした。
 恐る恐るページを開けば、危惧した程怪しい雑誌ではないようだ。最新スポットの紹介や期間限定商品の記事、流行りのファッション等がカラフルに並んでいる。表紙の女の子が寝転んだりアイスを食ったりするグラビアがあるものの、アダルト誌ではなく一般的なメンズ雑誌の範疇だろう。
 だがしかし。
 真ん中辺りのモノクロ部分に、それは燦然と存在していた。

 “カノジョはホントに満足してる?”
 “キミのH力、我ら編集部がズバッと採点!”

 御大層なフォントで強調された毒々しい文句。
 やけにのっぺりしたイラストにはハートマークが散りばめられ、指定に引っ掛からない絶妙なラインでそのシーンを再現している。
 その中にこれぞ、という証拠物件を見出せば、思わず床に叩きつけ踏んづけてしまいたくなった。

 “マンネリ打破にはシゲキが一番!”
 “パターン1。窓を開けて、聞こえちゃうぞって言ってみよう!”

(人は、ダメって言われる程燃えてしまうもの……)
 なに、が!
 意地っ張りで恥ずかしがりのカノジョも少しSな君にゾクゾク!?だ、あのクソドベウスラトンカチがぁぁぁっっ!!! 
 細い眉がぎゅっと寄り、口唇の端が歪に持ち上がった。
 ぎり、と奥歯を噛み締めれば雑誌を掴む指先にもつい力がこもってしまう。ウッカリ寄った皺を表面上は何気なく撫でて戻しながら、サスケは懐かしい面影へとそっと呟く。
(許してくれ、兄さん……)
 お前がこれからどうなろうとおれはずっと愛している、と言ってくれた大切な兄。
 そう、これから自分が行うことは、誇り高きうちはの名を貶めることなのかもしれない。
 だがそれでも、このままになんてしておけない。ナルトの奴を存分に反省させ、躾け直さなくてはいけないのだ。
 緩く瞼を伏せ、ゆっくりと数度呼吸をする。
 誌面を正しく水平に構え、そしてサスケはカッと大きく眼を見開いた。
(―――――写輪眼!)
 漆黒を紅に染め上げる刹那。
 愛しい兄は、愚かなる弟よ……と、とても優しく微笑んでくれた。

   ◇

「サスケェ~~~ッッ!!」
 湯の国から戻ったナルトは、果たしてたいそうご機嫌だった。
「あぁもうもう!スッゲェすっげえ!!会いたかったってばよーっ」
 お玉片手に佇むサスケをエプロンごと抱き締めて、髪に頬にもちろん口唇に、何度も何度もキスを贈る。
「なんかもう、一週間が一年ぐれえ長く感じた!」
「……オレも同じだ、ナルト」
 早々と腰に回された手をさり気なく退け、やんわり撫でながら言ってやればその笑顔はまさに輝かんばかりになる
 エッほんと!?と、とっても嬉しそうにこちらを覗き込んできて。
「サスケも?オレに早く会いてぇって、そう思ってたのかってばよ!?」
「あぁ、もちろんだ」
 柔らかく眼元を緩ませ口唇を綻ばせ、サスケはゆったりと笑んで応えた。
 本当に、実に長い一週間だった。
 ナルトの帰還を指折り数えて待っていた。それこそ、夜も眠れないくらいだった。
 ……そう。大喜びしているナルトとは、まったく別の理由から。
「毎日、お前のことばかり考えていた」
「うわ……。どうしたんだよサスケ、なんか今日、すげぇ素直だな!」
 三本ヒゲの辺りを照れ臭そうに引っ掻くナルトは、今ふたりの間に終末の谷よりも深い隔たりが生じている事実など知りはしない。
 彼の中でこの再会は、あの激しく求め合った夜の続きなのだ。滅多に見せないサスケの甘さを、そのせいだと単純に考えている。そしておそらく間違いなく、これは今夜も絶対イケると算段しているに違いない。
 まぁいい。今は、束の間の平穏を存分に味わっておけ。数時間後を待ち侘びて堪らない気分になっているのは、オレだって同じだ。
 押し倒し圧し掛かってきたまさにその瞬間、天国から地獄へと突き落としてやろう……
 腹の奥で沸々と湧き立つものなど欠片も零さず、サスケは極めて温厚だった。野菜たっぷり肉もたっぷりな特製カレーを大盛りにしてやり、キャベツサラダを残すという許し難い暴挙も見逃してやる。ナルトが片付けに立とうとすれば、疲れているだろうからと先に風呂を勧めてやった。
 そんな優しさにナルトが有頂天になったことは言うまでもない。
 そもそも任務だって、湯治に赴く金持ち爺さんの警護という至って平和なものだったのだ。
 湯の国自体、観光地として名高い場所だ。英雄ナルトの大ファンを自称する爺さんは日々豪勢な飯を食わせ小遣いまで与え、まぁお前ものんびりすればいい、だなんてニコニコ笑うばかりだったらしい。
『ホント楽しかったんだぜ!温泉もさ、茶色くて最初はビックリしたんだけど、入ってるとスゲェ気持ちいいんだ。オレ、いつか絶対サスケと来たいなぁって』
 饅頭や山菜の塩漬け、名産品の竹細工を所狭しと並べながら心底嬉しそうに彼は語った。今のサスケは木ノ葉を離れることを許されていないのに、一緒に行こうなと当然のように約束を求めてくる。
 それは必ず叶うのだと疑いもしない。そしてナルトならきっと、そんなささやかな夢も本当にしてみせるはずだ。
 いつも変わらず自分へと向けられる、真っ直ぐに強い眼差しと包み込むような暖かさ。
 それにほだされなかったわけがない。無かったことにしてやろうかと、鼻先まで湯に潜りつつサスケもそう考えたのだ。
 イズモがナルトと話したのは、多分打ち上げの席だろう。酒も入っていたならその時の悪ノリを引き摺って、ついやらかしてしまったのだ。それにもしかしたら彼はサスケとのセックスについて実は真剣に悩んでいて、その挙句のことなのかもしれない。
 だからってあんなバカな記事に乗っかるのはたいがいの大バカなのだが、いやしかしナルトはイズモの話を聞いただけだから別にあの雑誌を買ったわけではないはずで。
 つまりアレ一回っきりならまぁ見逃してやってもいいかもしれねえが……オイ温泉饅頭がちゃんと甘さ控えめだったことに流されてるんじゃねえぞオレ!
 いつもより長めに風呂に浸かり、完全に髪を乾かし終えてもサスケの葛藤は続いた。
 特に何も確かめてはいないが、ナルトは完全にヤル気モードに違いない。リビングに戻れば既にテレビは消えていて、寝室の灯りも絞られているようだ。
 そこへ一歩踏み込めば、サイドボードには既にローションとゴムの箱がででんとスタンバイしている。まったく、少しは情緒を覚えて欲しいものだ。
「……来いよ」
 抑えた声で誘うその隣へと、静かに腰を下ろす。三十センチ程距離を挟んでしまうのはいつものこと。それをナルトが手を伸ばして埋め、ちょっと強引に引き寄せてくる。
「なぁ……。お前のこと、すげぇ抱きたかった」
 闇に瞬くその青は、太陽の下で眺める時とはまるで異なる色をしていた。やわり加わる力に押され、促されるまま自然と背を傾ける。洗いたてのシーツに髪が擦れ、軽い音を小さく奏でた。
「サスケ……」
 冷静と理性を飛び越えるギリギリのライン上。
 スウェットを捲りあげられ下腹部にそっと掌が触れれば、体温が優しく伝わってくる。もうひと押しとばかりに甘く囁かれて、もう知らなかったことにしてやろうかとも思う。
 口唇が重なるまで、あとほんの数ミリ。掲げた腕を首に絡めれば、そっと柔らい感触が触れた。
「……ナルト」
 そう。
 許してやろうと思った……の、だが。
「――――ッ、グハ!?」
「……なんだこれは?」
 声だけは変わらずひそやかに、だがサスケは掴んだソレへと容赦なく力を込めていく。
 あぁなんだか、リードを握る飼い主の気分だ。両端をぐいっと引っ張れば、前のめりになったナルトがカエルみたいに鳴く。
「ぐぇ……っ。タ、タオル!た、ただのタオルだってばよ!!」
 その通り。
 ナルトの首元で揺れているのは、確かに単なる白いタオルだ。コットン素材で使い心地もとても良い、馴染みの物体。ちょっと逆上せて汗かいちまって、というナルトの答弁も至極ごもっともである。何ら不自然な点は無い。
(……イヤ、違う)
 ナルトは自分よりも随分先に風呂から上がっている。いくらなんでも汗は引くだろうし、第一彼はいつも、こう長々と首からタオルをぶら下げたりなんかしない。
 しばらくしたらポイッとその辺に放り投げてしまうのを、サスケが苦労して洗濯カゴに入れるよう教え込んだはずなのだ!
「なぁ、ナルト……」
 サスケは再びその名を囁いた。今度は意識して低く、殊更艶っぽく紡いでやる。
 オレは、知ってるんだぜ?

「パターン2。たまにはタオルで、ソ・フ・ト・SM☆」

 その瞬間。ぴきっと空気が固まった。 
「普通じゃなきゃダメ。そんな決めつけがマンネリの元……」
「さささ……サ……スケ?」
「とはいえ本格的な道具は不要だぞ?カノジョだってビックリ引いてしまうから、」
「え……あの……。え、エ!?」
「拘束はいつものタオルで充分。たまには気分を変えて、ドキドキの世界を体験だ!」
「な、なん、な……ん……で、」
 写輪眼の力を遺憾なく発揮し完コピしたその文面を諳んじる度、ナルトの顔からはどんどん血の気が引いて行く。
 ぱくぱくとマヌケに口を開閉させ呆然とサスケを見下ろすその下半身は、さてこれからな雰囲気のはずがまったくお淑やかなものだった。
「……退け」
 絞り出すようにして一言、低く命じる。
 動かぬ証拠であるタオルから指を放し、そのまま肩を押し遣った。
「お前ってば……まさか、アレ」
「あぁ読んだ。あいつらから話も聞いた」
「あいつらって……あ、イズモとコテツの兄ちゃんたち?」
「……買ったんだな?」
 問うてくるのを遮り凄めば、ハイ、と正直に頭を垂れる。
 買いました。今は、キバに貸してます。
 何故か畏まって丁寧に述べられるものの、そんなことでサスケの憤慨は収まらない。
 一度は、もういいかとも思った。あの日だけ、たったその時だけのことだったなら見逃してやろうとしたのに。
 そう、サスケだってあれ程乱れてしまったのだ。
 今更それを指摘すれば、『だってお前もヨさそうにしてただろ?』なんて言われるかもしれないから、知ってしまった事実には蓋をしてやるかと風呂の中でそう傾いていたはずなのに。
 あぁ。明日の朝は真っ先にキバの所に行って、諸悪の根源たるあの雑誌に天照を食らわせ焼き尽くしてやろう。
「あのさサスケ。その、誤解っていうか……」
「……言い訳は聞かねえ」
「別に遊びだとかそんなんじゃねえ!だって、サスケはいっつも、」
「聞かねえって言っただろ!?」
 片足を振り上げ、曲げた膝で重なる身体を強か打ち据える。
「お前はあんな下らない雑誌にノせられてオレを実験台にしたんだろ!?本当に効果があるのかって、今だって楽しみにしてたんだろうが!だいたいマンネリだの声出さねえだの、どうでもいいことを他人にべらべら喋る気がしれねえ!」 
「下らなくねえよ!オレにとっちゃ、全然どうでも良くなんてねえんだ!!」
 その帰りを待つ七日間、溜めに溜めた怨言を吐き出せば、至近距離でナルトも怒鳴り返してきた。蹴られた痛みに顔を顰めつつ、それでも真っ向から視線をぶつけ眼に力を込めている。
「触ってる時はキモチ良さそうにしてくれるけど、お前いっつも入れた後ってあんま声ださないから!オレがどんなに我慢すんなって言っても聞いてくれねえし……。やっぱりナカ好きじゃねーのかなとか、そりゃ、いろいろ不安になるだろ!?」
「だから我慢なんてしてねえって言ってるだろうが!調子に乗るなオレは男だ、そもそもヤられて感じるわけなんてねえんだよ!!」
 それはもう、売り言葉に買い言葉みたいなものだ。
 ただの嘘だって、サスケも充分自覚している。それでも心にもない言葉を口にしてしまうのは、まるで揺らがないその青に怒りが更に昂ったせいだ。
 押し倒された身体を捩り、起き上る反動でナルトを撥ね退けベッドから落とす。件のタオルも首から外れ、ぺしゃ、と間抜けに広がった。
「もういい。さっさと失せろ」
「待てってサスケ!だからさ、もちっとオレたち……」
「お前が出て行かないなら、オレが出ていく」
 懇願するように掴んでくる指を振り解けば、勢い余ってぺちっと頬を打ち据えた。
 だが、そんなことどうでもいい。夜分だから堪えているだけで、出来れば本気で一発、いや二発三発五十発、殴ってやりたい気分なのだ。
 素足に触れる床は冷たい。ぬくもりを間近に感じた直後だからこそ、身体を離せば浅い春の大気がより一層身に沁みた。
 あぁ。本当は、サスケだってシたいのだ。
 束の間の別離だって、ナルトに慣れた身体は淋しいとずっと泣いていた。欲しいのは、抱き合いたいのは自分だって同じなのに。
 だが、それもこれも全てはナルトのせい。
 自室に引っ込み扉をバタンッ!と閉ざしてやれば、間髪入れずそのウスラトンカチの声が追い縋る。
「ちょっ……サスケ!?なぁ、サスケってば!サスケェ!!」
「今後二十日間。オレに指一本触れてみろ……」
 どんどんと叩かれしつこく叫ばれれば、呼応するが如く滾々とチャクラが湧き立っていく。無意識に紅い花弁を開かせ、そしてサスケは押し殺した声で宣言した。
「豪火球、千鳥。天照か麒麟……いや、」
「なぁサスケ、サスケェ~~~!!」
「選択権など与えない。須佐能乎で、射抜いてやる」
「……サスケ」
 兄から継いだ三つの刃が、燃え盛る眼の内でキラリ煌めく。
 このまま連打を続ければ扉越しに串刺しにされると悟ったのだろう。やがてナルトの気配は、すごすごと遠ざかっていった。

   ◇

 さて、そんなこんなで明くる朝。
 引き攣るキバとシッポを丸めた赤丸の目前、件の雑誌は黒炎に焼かれ、木ノ葉の露と成り果てた。
 しかし当然、達成感など微塵も感じられない。血継限界をあまりにも馬鹿げた理由に用いた罪悪感に苛まれ、コーヒー(無料の方)片手に待機室のソファに沈み込むサスケだったが。

「なぁサスケ……その、この前は気付かなくてすまなかったな」
「あぁ。まさかお前があんなに動揺するなんて……」
「ナルトに女がいて、よほどショックだったんだな」
 
 だがオレたち口は固い。安心して、何でも相談してくれ!
 
 頼れるお兄様方が力強くそう応援してくれるのに、自身の行動こそ何よりも呪うのであった。