【 seesaw-game ~ R+ ~ 】
吐き出した白い煙が青空へと悠々立ち昇っていく。
あの年上の恋人にはあまり見せたくない姿だ。匂いが移ると顔を顰めるだろうし、身体に障ると叱られるかもしれない。
煙草なんて、百害あって一利無し。
そんな道理を当然シカマルは解っているが、それでもたまに、こうして一服する時間を持つ。流れゆく雲を追いつつ静かに煙を燻らせれば、なんだかあの懐かしい師と会話している気分になれるのだ。
「……なぁ、シカマル」
「んー?」
苦いばかりで決して旨くはないそれを飲み込みつつ、のんびりと応える。
背中合わせに問うてくるのは長く里を離れ、世のお訪ね者となっていた同期の男。すらりと伸びた身体をちんまりベンチに据え、はぁ……と気だるく溜息なんぞ吐いていやがる。
なんでも彼は、いわゆるイケメンという外見にそぐわず散歩という実に年寄り臭い趣味を持つらしい。
それを知ったのは奴がここへ戻って来てからだが、こうして雲を眺めるのを好むシカマルとは、以降こんな風にしてまったり時を過ごすことがけっこうあった。
とはいえ彼も煙草を嫌うのか、一服している時にはあまり近くに寄って来ない。黙って空を見上げるシカマルに、何かを察しているのかもしれなかった。
そのはずが、今日は一体どうしたのだろう?
「なんかあったか、サスケ?」
怪訝に思い、だが努めて何気なく促せば、やがてとんでもない爆弾が落とされた。
「……セックスって、何なんだろうな……」
◇
「――――ッんぼふゥ!?」
異音と共に吹き出したのはもちろんシカマル……ではない。
「ちょっ……。ど、ど、いきなりどうしたんだいサスケ!?」
ガルB(コンソメ味)を豪快にまき散らし、真っ赤になって動揺している。
「そそ、せせ、せ……っく……。そそそそんなこと真昼間から!?」
「あー……ちっと落ち付けチョウジ」
純情を露わにする幼馴染をシカマルは優しく宥めた。咽るその背を撫でるため、半分残った煙草も仕方なく灰皿へと押し付ける。
しかし平和な一刻を混沌させた張本人は、慌ててポテトの屑を払い落すチョウジなど眼に入っていないようだ。
再び一人ぼんやり黄昏れ、ただ空を見上げている。視線もうつろなその横顔を見れば自然腕が持ち上がって、結いあげた髪をぽりっと掻いてしまった。
(どうせまた、ナルトの奴がなんかやらかしたんだろ……)
周囲には『オレたちかなりの友達だから!』と主張されるその関係がとっくにお友達レベルを超越していることなど、既に承知している。別に、類稀なIQと師匠譲りの盤上を読むテクニックを駆使したわけではない。シカマルに限らず、同期の大半が察している事実なのだ。
かつてサスケくんサスケくんときゃぁきゃぁ騒いでいた女たちもいつしか超越した眼差しでふたりを見守るようになったし、朴念仁に見えるシノすら、『人は蟲より難しい……何故なら、オスメスの理で括れないからだ』と実に名言を呟いていた。
キバに至っては不幸というより仕方が無い。
自慢の鼻のせいで奴らが一線を越えてしまった翌日には否応無しに気付かされ、街で擦れ違う度、『あー……今日もすっげぇ匂う。つかもうあれ、お互いの匂いが染み付いてんな』と疲れ切っているのだ。
そう、おそらくそれと認識していないのは、この初で真っ正直なチョウジとあのロック・リーくらいだろう。
ちなみにリーが知ればどんな騒ぎが起こるだろうかと、密かにシカマルは頭を悩ませている。
その波乱に満ちた愛の道程に極めて熱く、熱く感動し、祝福のためと里中を逆立ちして走り回る可能性は73%くらいだろうか。
ともかく、何だどうしたと首を突っ込めばめんどくさい事態に発展するだろう。心ここにあらずなサスケの様子から推察するに、彼もシカマルの回答を真に求めるわけではないようだ。
ただ、何かが原因でぼんやり悶々と悩んでいるいるから、ついその悶々が形となって口から零れてしまった。おそらくそんな所だろう(だからその原因を追及すればかなりめんどくさいこと違い無いのだ)。
「辞書で言えば生殖行為。一般的な認識は愛情の確認。実際は……そうだな、そのふたつの間ってところじゃねえか?極めて本能的なものだが、興奮と快感を分かち合う要素には精神も関わってくる……ってところか」
ということで、極めてサラリとシカマルは述べた。
やっぱり何でも知っていてすごいねぇ、と幼馴染はニコニコ褒め讃えてくれるが、鬱々とした背後の気配は変わらない。オイせめて何か一言でも反応しろ。青空の元生殖行為とか快感とか、さすがのオレでもけっこう照れ臭かったんだぞ。
かなりの時差の後。シカマルのそんな心の声は、なんとかサスケに届いたらしい。
「それは……つまり、どういうことだ?」
こちらを振り返り、きょとっと首を傾げている。
うわ、何かその言い回し誰かと被るぞ止めてくれ。
同期とすれば非常に複雑だ。ひくっと口元を引き攣らせ、シカマルは嘆いた。なぁアスマ。今日はこんなにいい天気なのに、オレはなんであいつらの恋愛事情(しかもおそらく性の不一致)なんかに頭を悩ませてるんだろうな。
重ねられる問いに改めて解説をする気概など到底振り絞れそうにない。だいたい人の心しかも惚れた腫れたなど、知略を以て謀るものではないのである。
しかし、救いの神は意外な所から舞い降りた。
「うーん……。ボクはシカマルみたいに賢くないから、あまりよくは解らないけど」
再びガルBに手を突っ込み、チョウジがニコニコと笑っている。大きな掌いっぱいに掬い上げたポテトをなんとも幸せそうに咀嚼しながら。
「その……ああいうのはさ、コミュニケーションじゃないかな?言葉じゃなくて、えっと、身体を使った会話って気がするなぁ」
言い難い単語をなんとも恥ずかしそうに誤魔化し、頬も赤く染まっているが紡ぐ言葉は極めて大人びている。再び師との繋がりを求め握り締めたライターが、思わずブレた。
「チ……チョウ、ジ?」
おいお前。まさか、まさかそういうことなのか。
オレの知らないいつの間に男の階段を上がったんだ?オレだってそういうことをサラリと言える程まだヤレてねえぞ、何しろ向こうは砂の姫様だ色々気を遣う。
なんだか煙草が変に燃えるなと思えば、うっかりフィルターに点火していた。逆さまに咥えたそれに、ゴホゴホ咽せ返る。父譲りの飄々とした普段はどこへやら、激しく動揺するシカマルだったが、その一方でチョウジは至ってのんびり、穏やかにサスケを諭していた。
「それにねぇ。いくら恥ずかしくても、たまにはちゃんと話した方がいいよ。その……えっと、嫌なことはないかとかね」
「……コミュニケーションをとるわけか」
「そう。やっぱり、会話って大事だよねぇ」
仕込まれた文鳥のように、かいわ、とサスケが小さく繰り返している。いや、相変わらず撥ねた後頭部の髪からいくとむしろオカメインコか。
「ねぇサスケ。向こうにその気がない時とかは絶対ダメだよ?女の子は、大切にしないとね」
……あぁチョウジ。お前は、なんていい男なんだ。
ぶっ飛んだ問いに隠された真実を知らなくとも問題の本質を的確に捉えて解りやすく伝え、かつ慈愛に満ちた対応をしている。
でも、残念ながらコイツの相手は女じゃないんだ。
真っ直ぐ忍道と諦めねえド根性が売りの、あのうずまきナルトなんだ。
未だふたりを親友同士と疑いもしない、そのピュアな微笑みに思うところがあったのだろう。
「ちゃんと、優しくしてあげなよ?」
「……ありがとう、チョウジ」
サスケは素直に感謝を述べているが、果たしてチョウジのアドバイスをどう実行するつもりなのか。
サスケサスケェと纏わりつくナルトを彼がウゼェと張り倒す光景は、もはや木ノ葉の日常茶飯事。だいたいこのお騒がせな男たちが巻き起こすアレコレは、シカマルの頭脳など常に軽々超えているのである。
◇
最近、ナルトはものすごく甲斐甲斐しい。
プチトマトを買って来たり、ミディトマトを買って来たりおかかお握りを作ったり、トマトベリーを探したり桃太郎トマトを買って来たりするのだ。
今日だって先に帰っていたのはサスケなのに、飯の支度を途中から引き取って一生懸命オムライスを拵えてくれた(ので、晩飯はべったりケチャップライス破れた卵焼き添えだった)。
にもかかわらずニコニコ一番風呂まで譲られたものだから、サスケはある意味仕方がなく、早々と自室のベッドに転がっているというわけだ。
(……コミュニケーション)
翳した腕越し、ぼんやりと蛍光灯の丸い輪を眺める。
あの宣言から約二週間。
須佐能乎に怯えたのかそれとも真っ当に反省しているのか、ナルトはサスケに触れようとしなかった。
必死で話掛けられるのにぽつりぽつりと応えるうち、自然と会話も復活していたが、それでもキスすら仕掛けてこない。並んでテレビを見ていても微かな距離は開いたままだ。いつもなら髪を引っ張り頬に触れ、すぐじゃれたがる癖に。
今日は草むしりをしながらずっとチョウジの言葉を考えていた。そして今も、こうして繰り返している。
『いくら恥ずかしくても、たまにはちゃんと話した方がいいよ』
それはやけに胸に刺さる一言だった。
そう言えば、ナルトとそういうことできちんと会話したことがあっただろうか。あっけらかんとアレコレぶちまけているようで、本当の気持ちを伝えていただろうか。
『触ってる時はキモチ良さそうにしてくれるけど、お前いっつも入れた後ってあんま声ださないから!』
『オレがどんなに我慢すんなって言っても聞いてくれねえし……』
『そりゃ、いろいろ不安になるだろ!?』
たまにはタオルでソフトSM☆を仕掛けられ、大喧嘩した夜にナルトが叫んだその言葉。あのナルトが、いつだって強気でどんな困難も乗り越える彼が不安だと言った。
それは本音なんだとサスケにも解る。窓を開けたのもSM未遂も、結局は雑誌にノせられた始末だろう。でも、根底にあったものはきっとその鬱屈だ。
『下らなくねえよ!オレにとっちゃ、全然どうでも良くなんてねえんだ!!』
(……そうだ。オレだって、全然どうでも良くなんてねえ)
剥き出しの自分たちで触れ合うことは好きだ。
弱いところを暴き、その反応を確かめれば否応無しに興奮するし、日焼けた肌を擽って吐息を乱せばゾクリとなる。ソレを口で可愛がってやると、青い眼が潤んで細まるのもたまらない。
だからサスケも昂る。もっと気持ち良くしてやりたいと思うし、同じようにヨくして欲しいと浅ましく願ってしまう。
だけど、高め合った行き先で自分はナルトを受け容れるのだ。本来の性を捻じ曲げて雄に貫かれ、それでどうしようもなく感じている。その腕に抱かれ狂わされることが、何よりの歓びになってしまった。
だからこそ、声なんて出せない。感じていると示したくない。
それはギリギリ残った男としてのプライドであり、同性に犯されヨがる自分にナルトはいつか冷め引いてしまうのではないかという、不安からでもあった。
あぁ、だけど。だがしかし。
(今回に限ってなんで行儀良くオアズケなんぞしてやがるんだ!ナルトのくせに!!)
……つまり、そういうことである。
ナルトと最後に抱き合ったのは例の窓開けプレイの夜である。その後一週間、ナルトは任務で里を離れていた。戻ったその晩に触るな命令を下したから、つまりトータル二十日以上のブランクがある。ぶっちゃけ、めちゃくちゃシたくてたまらない。
ナルト程精力絶倫ではないものの、サスケだって年頃の男。一日二日はたいして意識しなくとも、四日五日と過ぎる度、身体の奥に熱は凝る。
そうなるとセルフプレイに頼るしかないのだが、ナルトが不在なら頓着せず勤しむソレも、すぐ近くに奴がいると思えばどうにも致しにくい。何より、何故オレはこんなことをしているのだろうと、いわゆる賢者タイムの虚しさたるやハンパないのだ。
そんなこんなを話せというのか。
――――触れば射抜くと言ったけれど、いい加減我慢出来なくなりましたんでヤリましょう。
『やっぱり、会話って大事だよねぇ』
(言えるわけがねぇ!!)
体躯同様大らかな同期の笑顔を思い浮かべながら、サスケはベッドの上をゴロゴロ転げ回った。
ダメだ、絶対無理だ。恥ずかしいなんていうレベルじゃない、羞恥心に殺される。
そう言えば夏の終わり頃、似たような事態があった。
ナルトが八尾の人柱力宛にとんでもないシショを書き、大乱闘の末虚しくそれが遠く雲隠れまで羽ばたき去った上、変なイモもどき(滋養強壮効果がありかつ媚薬的使用も可能)を使って愉しみましょう的な発言をされた一件である。
あの時は十日間の禁欲を課した。
だけどその半分にも満たない時点で、『サスケェ!オレってばもう無理。欲しくて欲しくてたまんねぇ!!』とぎゅうぎゅうに抱きしめられたものだから、だから許してやったのだ。許す機会を、与えられたのだ。
しかし、今回のナルトは違う。ものすごく反省しているらしい。だからトマトを買って来るしおかかお握りは作るし、率先して家事をこなしサスケに一切触れない。
たいへん成長なさっている。そしてその結果、サスケの欲求不満を募らせているのだ。
(コミュニ……ケー……ション……)
枕に顔を埋め、ぜぇはぁと息を荒げて繰り返す。あぁ、それはなんて難しいのだろう。
口に出さなければ少しはマシだろうか、とも考える。
だがそう言えば数日前、テレビを見ながらそろそろと頭を傾けナルトの肩に預けてみれば、疲れてるなら早く寝ろよ、ととても優しく微笑まれたではないか。いっそ仙人モード、いや六道モードで察してくれと嘆いた記憶も新しい。
時計の針は無情に進み、容赦なく夜は更けていく。
リビングもナルトの部屋もシンと静まり返っているから、きっとこのまま朝を迎えることになるのだろう。
離れ離れではないのに向き合えない。すぐ傍にいるのに、触れられない。
それがこんなにも切なさを降り積もらせるだなんて、知らなかった。本当は笑って茶化してじゃれあって、思う存分求め合い満たされたいのに。
『ちゃんと、優しくしてあげなよ?』
それはどうすれば叶うのだろう。
ナルトのことは大切だ。好き勝手に蹴り飛ばしどつき回しているけれど、どうでもいい相手には感情を露わにしないのが人間という生き物。あれだってサスケにとっては、心底彼に気を許している証拠なのである。
そう、ナルトの隣にいる今がとても幸せだ。そして向けられる想いと同じものを返したい。包まれるぬくもりと同じ暖かさで彼を満たしたい。どうかナルトにも、幸せだと思って欲しい。
ベッドの上一人虚しく身悶えれば、ふとカサリと乾いた音がした。
なんだ?と訝しみポケットへ手を突っ込む。スウェットから転げ出たのは、白く小さな紙包みだった。
(あぁ……そういえば、これ)
すっかり忘れていたその存在をぼんやり思い起こす狭間。サスケの脳裏に、まさに稲妻の如く閃きが浮かんだ。
◇
コン、とひとつノックすると同時にドアを開け放てば、焦った声とごそごそした動きがそれに応えた。
「……ナルト」
「ささ、サス、ケ!?」
オレンジ色した豆球に薄ぼんやりと照らされて、何やら大慌てで衣服を整え直している。
布団を半分剥いだベッドの上、紛うことなくティッシュケースが乗っかっているのを見ればムカムカした。
壁一枚を隔てた同じ屋根の下。自分たちは、どうして虚しい独り遊びなんて続けなくてはいけないのだろう。
何か用かとあわあわ問うてくるのなんて知ったことか。握り締めた小さなカプセルを口に放り込み、サスケはむんずとその胸倉を引っ掴んだ。
お誂え向きに、サイドボードにはミネラルウォーターのボトルがある。冷たい水を一口含み、無理矢理その口唇を奪った。
「――――っ、んぐ」
「……飲んだな、ナルト?」
半分起き上った身体を跨いで、ゆったりと口角を持ち上げる。顎を伝い首筋まで流れた零を舐め取りながら、一方では指を遊ばせ肌を擽った。
視線はじっと絡めたまま、胸を撫で下ろし掌を下腹部に添える。トントン……と小刻みにリズムを取ってそこをからかいつつ、サスケはひそやかに囁く。
「なぁ……。この辺、熱くねえか?」
「え……?」
「媚薬だ。しかも即効性があってかなり強力……な」
困惑する耳元に口唇を寄せ、その正体をそっと明かしてやる。
なぁ……熱いよな?
フッと吐息を吹き込んでもうひと押し。ついでに耳朶をほんのちょっぴり齧ってやれば、彼はアッサリ陥落したようだ。
「――――ッあぁァっ!!アチィ!?」
ぶるっと背筋を震わせ、早速大声で喚き始める。
どうやら瞬時に昂ったようで、掌を硬い感触が遠慮なく押し上げてきた。艶めいた空気など一瞬でぶち壊し。まさに電光石火の反射である。
「アチィ……何だコレ、めちゃくちゃ熱い!!」
顔を真っ赤にして同じ言葉を繰り返し、ナルトはひたすら悶絶している。息を弾ませ眼までウルウルさせたその姿に、サスケの頬がひくっと引き攣った。
オイ少しは冷静になれ。
いくら即効性があり強力だと言っても、溶ける間もなく効く薬なんてこの世にあるか。しかもオレたちは忍で薬物耐性もそれなりに備えている。そのはずが、いきなりそんな効果覿面なんておかしいだろうが。
そしてそれよりも何よりも。ナルトには、真っ先に思い出すべき事項があるはずなのだ!
(パターン3。プラシーボ効果で野獣になって愉しむべし♪だ、このウスラトンカチがぁぁぁっ!!)
そう。サスケがナルトに与えたのは媚薬なんかではない。街で偶然出会ったサクラが渡してくれた、単なるマルチビタミンのサプリメントだ。
サスケ君なんだか顔色悪いね、と心配そうに差し出してくれたから断りきれず受け取ったものの、着換えの際にポロっと転がり落ちるまですっかり忘れてしまっていた。
そして、後でどこかに仕舞っておこうとスウェットのポケットに入れ替えたはいいが、ついさっきまでまたも綺麗サッパリ失念していた代物である。
(別に特別な効果があるわけじゃないけどね。身体全体のバランスを整えるっていうか……まぁ、おまじないみたいなものよ)
それにね。プラセンタやコラーゲンなんかをただ摂取しても、受け皿がないと結局身体の外に出ちゃうんだって。
だからまず、こういったマルチビタミンで桶を作るのがいいの。そうすれば必要な成分がちゃんと体内に留まって……
熱心に解説された内容の半分もサスケには理解出来なかった。それにサクラが挙げたコラーゲンとやらは、確か肌に効果を齎すものではないのか。それを何故、男のサスケに一生懸命語るのだろう。
ともかく身体に害は無いようだし、そもそもサクラが自分へ良からぬ物を渡すはずもない。だからこそ閃いた思いつきだったのだ。
あの雑誌を熟読したらしいナルトなら、当然このお遊びに気付くだろう。気まずそうにしながら、ホント悪かったな、なんて謝ってくれるはずだ。
そうすれば、まぁこれでおあいこだなと笑ってやろう。それでスッキリ万事解決、あとは早速コトに至ろうという計画だったのだが。
「あぁあッ!アチィってばよぉぉぉぉっっ!!」
「…………」
ハァハァとナルトは悶え、焦れったそうに身をくねらせている。スウェットの下もますますボリュームアップを遂げているようだ。予想外の展開に呆れ疲れ、もはやどう反応すれば良いのかも判らない。ただ、その様を黙って見守る他ない。
「……サスケ」
苦しげなその声は、欲を制御する故かひどく掠れていた。
舌で何度も口唇を舐め潤すのは、きっと渇いているからだろう。救いを求めるように見上げてくるその眼が切ない。餓えた視線に捕らえられれば、鼓動ごとぎゅっと引っ張られる錯覚に陥った。
誘われるように応えるように、サスケは無意識に淡く、口唇を開いた。
「ナル……ト」
「サスケェ……下腹の辺りがキュンってすんだ。なぁ、サスケ……っ!!」
「……ぁ、」
キキュン。
身体の奥が啼いたのは、果たして気のせいだろうか。
誰も知らない獣の部分をチラつかせ、自分しか知らないオスの顔でナルトが求めている。狂おしくこの名を呼んで、必死で恋うているのだ。
そうと知れば縺れる感応は止まらない。触れ合う肌から伝わる熱が、一気に全身を染め上げた。
あからさまに触れる証が疼きを募らせ、サスケは堪らず身を捩らせる。そっと腰を動かせば、微かな快感を追ってソレが呆気なく目覚めるのが解った。ヤバい、気持ちいい。その衝動は、きっとナルトにも伝わっているだろう。
「どうしよ……オレ、我慢できねぇ」
それでも先日の戒めを思い出すのだろうか。
いや、サスケへの申し訳無さのせいだろう、眼を瞬かせ歯を食い縛り、ナルトは懸命に踏ん張っている。そのなんとも情けない姿を見れば、もう、どうでもいいと思った。
ただこの男が欲しい。ナルトを感じて満たされたい。
たったそれだけがサスケの本当で、サスケの本音。
「……らしくねえぞ、ナルト」
するりと腕を持ち上げて、剥き出しの首筋へと回す。
「我慢なんて柄じゃないだろう?」
欲しいものに真っ直ぐ手を伸ばす。何度だってそれを繰り返し、一途にただそれを求める。
それは簡単なようでいて、多くの人間がすぐに諦めてしまうこと。周囲の目や常識、理屈なんかに囚われ誰もが躊躇してしまうそれを、ナルトは決して諦めない。
その強さに憧れ、惹かれ焦がれて止まないのだ。そしてその内側に居るいつまで経ってもやんちゃな彼と、寂しがりのちいさな少年をもひっくるめて惚れているのだと思う。
「だいたいどっちがどっちかって決める前に、好きだ好きだって喚き散らして速攻でオレをヤッたくせに」
「わ、悪かったってばよ」
今更!?とちょっと尖った口唇を、指先でむぎゅっと掴んでサスケは笑う。
「……そんなにオレが欲しいか?」
「当たり前だろ。だいたいお前、なんでこんなモン……」
当然の疑問符だが、今は聞かなかったことにしておこう。それよりも何よりも、まず真っ先に伝えたいことがある。
いいことを教えてやろうか、ナルト?
「オレも、シたくてたまんねぇ」
同じものを呑んだからな……とつい嘯いてしまうのは、染み付いてしまった強がりのせい。だけどそれは、これから思う存分乱れる言い訳になってくれることだろう。
◇
先日の一件を気にしているのか、媚薬に浮かされている(と信じ込んでいる)ナルトは、それでも何とか丁寧に行為を進めようとしているようだった。
サスケが一番好きな形で交わって、髪を梳き頬を撫でながらゆったりと甘く、律動を繰り返す。
「サスケ……」
「……っ……ん、」
口唇を重ねるのはもう何度めだろう。細やかに舌を絡め吐息ごと貪る合間に、ナルトが繰り返し呼んでくる。
それは特に卑猥でも、無駄にアクロバティックでもない抱き合い方だ。ただ当たり前に真正面から向き合って、互いの眼を覗き込み、好きな時に好きなだけキスが出来る繋がり方。
「……ぃ、や……ぁあ、ッッ!」
最も敏感な場所を掠められれば、悲鳴みたいな声が零れた。
受け容れる場所のごく浅くにある快楽の在処。ナルトに教えられ共有している、ふたりだけの秘密。それを暴かれ思わず口唇を噛み締めれば、戸惑う眼が見下ろしてきた。
「……っと、」
小さく口を開きかけ、だけど慌ててそれを閉ざしてしまうのは彼が反省している証拠だろう。
今日は、感じるかとか気持ちいいかなんて確かめてこない。声を出せとも請わず、ただ困ったように眉を歪め、への字口になっているのだ。
なんだかそれが物足りなくて、サスケはそっと手を持ち上げる。結局自分はなんだかんだとあんな風に、ナルトに囁かれ慈しまれるのが好きなんだな……と改めて思った。
つくづく勝手だけれど、だからと言って今更いつものようにしろだなんてさすがに言えない。
(やっぱり、会話って大事だよねぇ)
コミュニケーションって一体なんだ?
気持ちを通わせるためには、何が必要なのだろう。
最も生々しい箇所で結ばれて、自分ではない熱を感じている。それに満たされるこの幸福を、どう伝えれば良いのだろうか。
「……ナルト」
頬に触れ掌で包んで、口唇の端にキスをする。
あぁ、全身がじんじんしてたまらない。
単純な快楽なら、確かに別の場所の方がより強い。だけど、この飢えを満たすのは別のところなのだ。ナルトにしか許さない身体の奥深く。そしてナルトだけに震える、心の芯の一番やわらかい処。
「……っ、と」
「え……?」
小さな呟きを拾い上げ、悪気なく首を傾げられればより肌が火照る気がした。
だけど自分も媚薬を飲んでいるのだ。
だから、今夜くらいはいいだろう。思うことを思うままに伝えたって、それがどんなに卑猥でみっともなくとも、全て薬のせいに出来る。
「……っと。ぉく……」
「……サスケ?」
「もっと、奥に。もっと……お前が、欲しい」
その方が、気持ちイイ。
ぼそぼそ紡いだ言葉は、果たして最後まで正しくナルトに届いただろうか。
これ程あからさまに強請る言葉など、今まで一度も口にしたことがない。それでも彼は、呆れてしまわないだろうか。
ナルトが自分に寄せる想いは時にこちらが赤面する程ピュアで、オレを神聖視してんじゃねえと呆れてしまうことすらあったのだ。
重なった身体がぴたりと止まれば、後悔が込み上げ官能が引っ込んでいく。
何が野獣になって愉しむべし♪だ、ドン引きさせたじゃねえか!と、ウッカリ毒づきそうになる、まさにその時だった。
「……な。な……なん……」
上擦った声が降って来て、サスケは伏せた眼を恐る恐る持ち上げた。
ともすれば逸らしたくなる視線を叱咤して、真っ直ぐ定める。そうすれば、文字通りまん丸になった眼がそこにあった。
ぽかんと口まで開いていて、それを閉じたり開いたり。何やら非常にアワアワしている。
「え……なんだソレ……え、えぇ!?」
ブワッと紅潮した肌は、さっきの媚薬騒動の時よりも鮮やかだった。
茹でダコみたいに真っ赤になって、こちらをチラッと眺め、かと思えば急にソッポを向く。とにかく、果てしなく挙動不審である。
「サ、サスケが……ほ、欲しいって!?」
余程びっくりしたのか、それとも衝撃的に嬉しかったのだろうか。
おそらくその両方なのだろう。ナルトはいきなりガッツポーズをするや、宙に向かって大きく吠えた。
「オオオオ、オレのこと、サスケがもっと欲しいって言ったぁぁぁぁっ!!」
「う、ウルセェぞこのウスラトンカチが!」
「それにお前……。その、実は奥が気持ちイイのか?」
「リピートするな確かめんな!」
「あー……なんかもう、泣けてきたってばよ……」
つい一瞬前までの淫靡な空間などどこへやら。
金髪頭をポカリと殴れば感極まったナルトがぐすっと鼻を鳴らすものだから、拳を開いて大慌てで涙を拭ってやった。
まったく、こんな騒ぎがもし外へ漏れていたらどうしてくれるつもりだ。雲隠れどころか生まれ故郷にすら、自分の居場所が無くなってしまうではないか。
イテ、と涙を浮かべるナルトは、だがそれでも笑っていた。
照れ臭そうに三本ヒゲの辺りをぽりぽり引っ掻きながら、本当に、心の底から嬉しそうにサスケを見詰め微笑んでいる。
それを見て、気付くことが出来た。やっとわかった。
(―――――あぁ、)
なんだ。
こんなにも、簡単なことなんだ。
そうだ、プライドなんて役に立たない。不確かな不安などに意味は無い。そんな小さなことに拘っていて、一体それが何を与えてくれるというのだろう。
別に構える必要は無い。何も怖がらなくたっていい。
求める想いを素直に証し、与え合う歓びをそのまま伝えさえすれば、ただそれだけでいいのだ。
だから、何度も何度も繰り返されたその言葉を今は自分から言おう。愛しさを伝え、幸せを分かち合うそのために。
なんだかとっても優しい気持ちになって、そっと触れるだけのキスを落とした。綺麗な青を覗き込み、そしてサスケは静かに囁く。そこに映る自身の黒を、まるで最上の奇蹟みたいに思いながら。
「なぁ……ナルト、」
―――――好きだ。
口唇を微か緩めたら、すかさずキスを返された。
痛いくらいにぎゅっと抱き締め、いつもの顔でナルトが笑う。いや、いつもより幸せそうに笑っている。
「オレも好きだってばよ……サスケ」
◇
おんなじ重さの想いを載せて、ぎったんばったん上になったり下になったり。
じゃれ合って喧嘩して仲直りして、勝ち負けなんてその時々。忙しくバランスを変えながら、それでもふたりのシーソーゲームは今日も明日も明後日も、きっとずっと続いていく。
*** * *** * *** * *** * *** * *** * *** * *** * ***
以下、あとがきもどき。
♪愛想なしの君が笑った、のあの曲ってなんかナルサスっぽい!
という発言に対し友達が「友人(サイ)の評価はイマイチでもアイツはカッコイイってばよ!」という絶妙すぎる返信をくれたことがキッカケとなったシリーズです。
打ち明け話にあった純情を捧げた奴(イタチ)に…
ねえ変声期みたいな吐息でイカせて……
野獣と化してAh~~♪
本編にあたる‘seesaw-game’とオマケ話の‘seesaw-game+’を書いたのが2011年8月。その後もこの二人についての妄想が収まらなかったところ、初めてイベント参加をすることになり(せっかくの機会なのに机上に一冊はちょっと寂しいなぁ)(シリアスとおバカなケンカップルコメディ、正反対な二冊を並べるのもおもしろいかも)と、プロローグに該当する1話+エロに寄った2話を追加してオフ本へまとめました。
当時というかはオトナルサスが最高潮だと思っていましたので、果たしてこのノリに需要があるのか?などと不安でしたが、イベント会場ではオトナルサスシリアス『dyad』より先に完売。意外でそして、嬉しかったです(ちなみに書店さんへの委託分では『dyad』が先に完売し、その後も「イベント会場ではシリアスよりエロ詰め合わせを多く手に取っていただけるが書店さんではシリアスの方が多い」「でもトータル、ほぼ同じ数」など興味深い現象があります)。
曖昧なリアクション、図に乗ってノーリアクション。
愛想が尽きるような時ほどHe so Cute!
文章を書く時は無音が一番集中できるのですが、音楽が大好きですのでスイッチを切り替えるため、書く前に一曲聴くことは欠かせません。この曲も何十回も聴いてはメロディから歌詞から、どったんばったんケンカして仲直りしてはイチャイチャする二人を思い浮かべました。
原作最終回前に妄想していた‘ナルトとサスケのその後(平和未来if)’がベースということもあり、思う存分しがらみ無く‘お互いが大好きな二人’を書けるシリーズ。エロ詰め合わせ『LOVEISEXTRA』vol.1とvol.2にも小話を収めておりハチノコ佃煮を贈ったビーさんと八っぁんのお話なんかもありますので、いつかの機会にまとめたいです。