くるみ

 

 ねぇ。
 きみの見ていた世界とぼくの見ていた世界は何と何が同じで、どこがどう、違っていたのだろう。

     ◇

 この場所はもちろん広くなんて大きくなんてないけれど、それでも狭くも小さくもないんだと思っていた。
 だって自分にはここが全てだったから。
 そりゃたまにはいろいろ面倒だったりもしたし、キュウクツだなって思ったりもした。
 何かもっとおもしれーことないのかな。なんて、物足りなさを感じたりしたこともある。
 でも、それでもやっぱり自分にはここがぜんぶでここしかなくて、ここしか知らなくて。
 ぶつくさ言ったりバカなイタズラをやらかしたりしながらも、結局はここがこの木ノ葉の里が、自分の居場所ってやつなんだと思う。
 まだまだコドモな自分にだって楽に歩いて動き回れる範囲。
 高いところに登れば視界の中に簡単に収まる景色。
 だけどここには今はもう、信頼や心配をしてくれる大人たちがいて仲間がいる。
 だから、自分がいていい場所なんだと思っている。いていいのだと、思えるようになった。
 ここを離れるなんて想像したこともない。思いつきもしない。

 だからわからない。
 この場所を離れる……捨てる理由が、それほどの想いが。

 その日の夜明けはめずらしく、白いもやに薄っすらと包まれていた。
 そのせいかどうかは知らないけどちょっと寒いような気もして、ぶるっと身体を軽く震わせた。
 それから、はぁっとひとつ息を吐く。
 視線を下げて足元を見つめて、つま先のちいさな石に気が付いた。
 コツン。と、蹴ってみる。ころころ……と転がって止まる。
 小石を追って数歩歩く。
 もう一度蹴る。また歩く。
 コツ、カツ。小さな音が道に響く。
 それを追う足音はざらざらと響いて見事なまでに、重かった。

(情けねーのオレ)

 下ばっか見て歩くなんて。

(カッコわりぃってば。オレ)

 言い訳みたいに石蹴りしながら、一人でうつむいてるなんて。
 自分の言葉は曲げねェって言ったじゃねーか。約束は絶対守るって言ったじゃねーか。
「オレは一生バカでいい」なんて、そんなカッコいいこと言っちゃってそんで、そんで。

 カツン!

 跳ねた小石が曲がり角に突き出た壁にぶち当たって止まり、そこでようやく眼を少し、上向けた。
 シンと沈んだ朝の空気。誰もいない道。
 けぶる白さが見慣れたはずの場所を見慣れない景色に錯覚させる。
 なんか幻術にかかってるみたいだと思って、そうか、だからかなぁとぼんやり気付いた。

 なんであんなことを言い切れたんだろう。と、らしくない弱気な自分がここにいる。
 たった一人でもやもやの中に、立ちつくしている。
 
(なぁ。ほんとにオレはそうできるのか?)
(ちゃんと約束、守れんのか?)
(誓った言葉を曲げずに叶えることができんの?)

 ていうか。そもそも、

『サスケはぜってー助ける!』

 そんなことアイツは望んでなんかいないって。一番わかってんのは、オレだったりするんじゃねーの?

 なのに誰かに何かを言われると、意地でも言い返したくなるのだ。
 絶対に助ける。って。
 「助ける」んだって。

 そうだ、解ってるからオレはこんな言い方してるんだろう。
 『助ける』って、アイツがまるで意に沿わない無理やりで連れ去られたみたいに。
 だまされたんだ。嘘つかれて、思い込んだだけなんだ、って。
 ほんとはそうじゃないって解ってるのに、それでもオレは、「助ける」って言い切った。
 だってそう言わないとやってられねぇ。
 そう、オレはまだ、アイツが自分でそれを選んだんだと、やっぱり認めたくねぇんだ。
 そして、そう決めたことが苦しいはずだと思いたいから。
 だから、「ぜってー助ける」って、そう。

(なんでだよ……)

 なぁ、なんでだってばよ。
 いつの間に道を選んだんだろう、着いてしまったアカデミーの門の前に立って思う。
 あの頃は別に、特に近くにいたわけではない。まだ同じ班の、仲間になる前のこと。
 アイツはズバ抜けた秀才でエリートでスカしたいけすかねえ奴で、こっちは落第かました万年ドベ。
 だけどさ、オレらどっかで気がついてたろ?
 山のてっぺんとふもと。ってか、穴の底くらい違ってたけど、話なんてロクにしたこともしたくもなかったけど。
 でもお前は、知ってただろ?
 オレがいつも一人でいたこと。
 オレだって知ってた。ちゃんと見てた。
 同じように一人でいたお前のその上に、ある日もっと大きな暗いモンが落ちかかったこと。
 そうだ。オレたちはポツンと浮かんだ、小さくてさみしいひとつの点同士なんだって。

 ふり返り、歩いて来た道を眺めて考えてみる。

(なんで。どうしてそう、決めちまったんだ?)

 お前はそれを選んだんだ?
 カカシ先生とサクラちゃんと、オレとお前と。
 任務の行き帰り何度もこの道を歩いたじゃねーか、みんな一緒だっただろ?
 たまには他の班の連中と行き合って、下らねえこと言ったりして。
 そりゃお前はどんな時でもムスッとしてたしやっぱスカしてた、それでも。

(……なぁ、)

 なぁ、サスケ。

 みんないたじゃねーか。
 オレたちは、確かにそれぞれ小さなひとつっきりの点だったけど、だけどいつの間にか周りには大きな点やあったかい点や、めんどくさがりとかあつっくるしいのとか、いろんな点々がいっぱいに広がってた。そんでそれはちょっとづつ、近くなったじゃねーか。
 なぁサスケ。なんで、それじゃダメなんだ?
 それをそのままに選ぶことを、そんな自分をなんでお前はバカだって思った?
 サクラちゃんが言ってた。
 お前も、それを自分の道だって思おうとしたことがある……って、言ってたんだって。
 だけど、オレやサクラちゃんのようにはなれないって。
 なぁサスケ。
 それってつまり、ならない。とか、なりたくねぇ。じゃ、なかったんだろ?
 ならお前は、なりたいって思ってたんじゃねーか。
 このまま木ノ葉で当たり前みたいに生きてく先を、夢みたかったんだろ?
 だからオレは言いたくなるんだ。
 お前が、本当は分かれ道のもうひとつの方を進みたかったんじゃねえかなんて、思っちまうから。
 お前はきっと、ほんとは木ノ葉の里に、この場所に、ずっといたかったはずなんだって信じたいから。
 だからオレは何度でも繰り返すんだ。
「オレがサスケを助ける」って。
 今も、たったひとつのさみしい点のままでどこかへ消えちまいそうにただよってるお前を捕まえて、いろんな点々が待つこの場所に連れ戻すんだって、決めたんだ。

 思い出してオレはまた、歩き出した。
 今度は石蹴りしなかったから視線は前よりかは前向きだった。
 目指す先も太陽が昇る方角で、もやもやを溶かす光がちょっびっと眩しかったけど、それでも顔を上げて歩きたい気分になった。
 そうだ。やっぱりオレってば、お前を助けたいんだ。
 そんなこと望まれてねーって知ってるけど、だけど、そんなのはどうでもいいような気がする。
 自分勝手だって多分お前は怒るだろうし、ぜってー全力で拒否されそうだけど。
 でもオレは、やっぱり嫌だ。このままになんてしたくねえし、してなんか、やらないってばよ。

(てか。お前、気づいてるか?)

 そりゃあオレには両親がいない。家族がいない。
 最初から、生まれた時からなんにも持ってない。
 だから、てめーにオレの何が分る……なんて。

(そう言いたいのは、オレだっておんなじ)

 思い出のカケラも持たない、独りっきりしか知らないオレがどんなに淋しかったかってこと、お前は知らないだろ?
 繋がりがあるからこそ苦しいんだって、お前は言うけど。
 なのに、それを失うことがどんなもんかって苦しみをオレに与えたのは、失うことがどんなもんかってのを今いやってほどオレに思い知らせてんのは、お前だってばよサスケ?

 桟橋の先にはきらきら光る川の流れ。
 その輝きを追って記憶を追って、あぁだから、オレはこんなに苦しいんだと思った。
 ずっと独りだったオレが初めて手にした繋がり。
 ポツンとここに一人で座って夕陽に包まれた背中を見つけて……そうだオレは、「見つけた」と思ったんだ。
 そりゃ、オレの一人とお前の一人じゃそれぞれ色々事情ってのが違うけど。
 だけどやっぱりオレたちは、二人ともどうしたって独りだったから。
 どうしようもなく淋しい点だったから、だから解ったんだ。見つけることが、出来たんだ。
 オレは笑ってお前も笑ってた。あの瞬間、なぜだかむちゃくちゃに嬉しかった。
 お互いそっぽを向きながら、でもオレたちは、こっそり笑い合えたんだ。
 だからこの繋がりはオレにとっては絶対で大切で、大蛇丸なんかに取られたくもねぇ。
 断ち切ることで強くなる、なんて冗談じゃねぇ!
 助けるって言ってもな、その前に一発殴ってやらなきゃ気が済まねえ!!

 そうだ、わからない。
 この場所を離れる……捨てる理由が、それほどの想いがわからない。
お前の抱えた独りの理由と苦しみの原因と、断ち切られた繋がりがどれだけ深くて大切だったのかってこと、オレには一生、わかんねえんだろう。
 お前のさみしさが分らないオレと、オレのさみしさが分らないお前。
 だからオレはわかって欲しいし、お前をわかりたいって思う。お前とわかり合って分け合いてえって、思うんだ。
 ぜんぶを理解したり納得できるかどうかは、正直わかんねー。
 それでもお前の本当をオレはちゃんと知りたいって、聞きたいって思う。

 だから会いたい。
 きっとオレはもうひとつのさみしい点を見つけたから、星くずみてえに散らばった他の点々にも気づくことが出来たんだ。
 お前はオレにとって始まりの点。いっとう最初のお星さま。
 よく似ていておんなじで、でもやっぱりどこかが違う、ずっと繋がってたい大切な星。
 だから、会いたいんだ。

(会いてえよ、サスケ)

 この気持ちを今すぐまとめてぜんぶ吐き出しちまいたい。まっすぐに届けたい、伝えたい。
 だけど、それが叶わないならやっぱりオレは、前を向いて前に進もう。
 さみしがり屋の小さな星を、繋がりを探して見つけて、取り戻して捕まえてやる。
 必ずそうするから、だからオレはやっぱり、どうしたって。

「まっすぐ、自分の言葉は曲げねェ」
 真正面に昇る大きな太陽を見上げ、ナルトは言う。
 誰のためでもなく、自分自身のために。やがてもう一度出会うだろう、出会うべき彼のために。
 そして、それから少し考えて。言葉を少し、足してみる。
「オレはぜってーオレを曲げねえよ。サスケ」

 うーんッ!とひかりに向かって伸びをして、それから身体をひるがえす。
 ナルトは走った。そうだ、振り返ってるヒマなんてないんだと、駆けた。
 さあ前へ、まだもっと先へ。
 そこで待つものが何だって、オレはずっとオレのままで居続けて、そして。

(なぁサスケ。オレってば、)

 ふと浮かんだ言葉のつづきは、誰も聞いちゃいないと解っていても照れくさい。
 ていうか。そもそも何で、こんなハズカシイこと思いついちゃってんのオレあり得ねえだろ?!
 ふるっと頭を振って熱くなった頬をごまかしてから。
(そうだ!門出のオイワイってイルカ先生が一楽でラーメン奢ってくれんだった!)

 今はただ、旅立ちの朝の中へと真っ直ぐに、飛び込んでいく。

   ◇

 ねぇ。
 きみの見ていた世界とぼくの見ていた世界は何と何が同じで、どこがどう、違っていたのだろう。

 わからないからもう一度出会おう。
 きみをもう一度、見つけよう。

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以下、あとがきもどき。

今回読み返してみて、私のナルサス観はこの頃からあまり変わってないんだな…と驚きました(ちょっと笑った)。

「孤独」という同じを知っているけれど「さみしさ」はそれぞれで、「最初から持たなかった」ナルトはサスケのさみしさをわからないし「失くした」サスケはナルトのさみしさをわからない。
でもそれも互いを大切に思う一つの理由でわからないから知りたいと思っていて、相手を真摯に考える(想像する)結果が、「お前を見てるとオレも痛い」という、心の共振なんじゃないかなぁ……という。

星も出てきたりして、もしかしたらこれが「北極星が見えなくても」の原点だったのかもと今さら気づきました。

なおタイトルはミ〇〇ー〇ドレ〇から(くるみ=来る未=未来)。
この頃は書いたものを友人に都度メールで送りつけていましたので、タイトルもしたい放題でした。