月下独酌 ※R18

【 月下独酌 】

 月が出ていた。
 月が出ている。
 ゆがみ無き白色は夜に円い。

 風が吹く。風が吹いた。
 まよい無き透明は、夜に清か。

   ◇

 森の奥やみの底から梢揺らし葉ふるわせ、帳がとけてゆく。瞼浮かしたのは諦めからだ。少し前から目覚めていた。意識を宥め言い聞かせていた。起きるな休め。明日のために、旅するために。眠らなくてはいけないのだ。償うために、この途をひとり、踏むために。
 体調管理は忍の不可欠で根本だ。適切な時宜に睡眠と栄養を過不足無く摂取する。活動を続ける連日でも、狭間に瞬時に、こなすべきもの。
 しかしサスケは不得意だった。幸い、それゆえの苦境は体験していない。あまり食わなくともそう眠らなくとも、思考に行動に変わりはない。影響が及ぶことは無かったから、なぜ、それらが必要なのだと忌々しかった。どうして、こんなことで時間が減るのだ。食うも寝るも生きると無縁であるならば、もっと強くなれるのに。
 ある日々。蛇の穴ぐらで繁々考え苛々としていた。
 駄目よ。食べなさい眠りなさい、その美しい身体を保ち育てるために。囁く舌に舌打ちをし、覗き見る金具の縁に辟易しながら怪しげなとろみを飲み寝台に転がる。褪めきった脳は浅瀬に浮かんで過去を繰り返し繰りかえすだけだ。感情までも再現するのがよろしくない。波間を漂い息ぐるしくて目を覚ます。寝起きが悪い。悪いか。悪くて、当然だろう。
 ある時。麻酔薬が齎した夢は最悪だった。
 澱みうず巻く海底へと沈んでいく自分。水圧が全身をがんじ絡める。つま先も指さきも動かない。しかし眼の奥めばえる血脈は確かで、だから怖くなどなかったのだ。胸が軋むが耐えられる。痛くない。こころの痛覚など、もうとうに、断ち棄てた。なのに潜ってくる。ここでいいのに、いつでも来いと言った癖に、自ら深きを目指して来るのだ。
 ある季節。十七歳から十八歳までのひととき。
 あの場所では食べるも眠るも苦ではなかった。腹もよく減って、旨いと味覚も思い出した。睡眠欲はより顕著で、何時間寝ても足りなかった。昼寝をして夜も寝て、午前にさえ転寝する。朝飯も昼飯も夕飯も食う。そして深夜、汁を吸い麺を啜った。一緒に。ふたりで。
 今、腹は減らない。眠たくもならず、陽の角度を合図に淡々行うだけだ。違うのは昔のように、それらを無用と判断しないこと。しっかり食って、しっかり眠る。寝過ぎだって構わない、お前には必要なんだ。ありふれた言葉はあたたかで満ちる一方、サスケの芯を縛める。だから叱る。眠れ眠れと、呪うがごとくに今となえている。
 環境が原因ではない。たまの宿でも眠れないのだ。むしろ自然に在る方が落ち着くが、親猫仔猫と好物を分け合い、黒い尾に和らいだはずが忘我の縁は訪れなかった。
 わかっている。理由は知っているのだ。
 力ゆるめ総てゆだねられるのはあの男の隣だけ。その時は違う。ナルトとなら得られる。どこまでも貪欲に、生の不可欠を余すことなく受け入れることが出来るのだ。
 月が天頂にかかる前、焚火は熾火に埋めた。動くな。動けばさらに眠りが遠のく。目を閉じ深い呼吸を続けろ、それで身体は休まるはず。しかしふいに寒さを覚え、そしてふと思い出し再度の諦めを許す。寝具であった外套を衣類に戻す。備えてあった枯れ枝を焼べ、甘くなったなと自嘲した。
 また読みたくなるなんて触れたくなるなんて。内側に抱いた長四角を思う。片手で支えうる面積、濃くみっしりと連なる文字はいつも汚い。癖が強くて間違いが多い。しかし乱暴ではないのだ。丁寧でもないが、急くまま募るままだと嫌というくらい主張してくる。だからサスケは、ナルトの字を、読みづらいと思わなかった。眉顰めつつ、つい口端は持ち上がるのだ。だが。
 鳴くふくろうが静寂をこわす。そう感じたのは、趣き添えるものではなく賢者からの警告だとでも、分類したせいか。
 炎が爆ぜる。赤が舞い闇に散る。照らすのは何か。柄にも無い感傷を覚えるのは、起きた今こそが夢中のように、定まらないせいだろうか。あわい眠り、ちょうどこの用紙ほどの薄きで張りめぐらせた、ことば気もち。
 ナルトの手紙は汚くて誤字脱字ばかりで妙な言い回しをしていて、およそその年齢の者が、次期火影と目される忍が書くものではなくて、可笑しい。里の最近、任務のこと仲間たちのこと。もういい、解ったから。つぶやいてしまうくらい、たくさん書いている。解った、わかっている。
 お前は今、元気かな。どこにいるかな何考えてるかな。

 好きだ。サスケ。早くあいたい。

 締めくくりは純真ではなく欲望を叫ぶ。そう結ぶのがだからおかしい。もはや、狂っているのではないかと、思った。 
自分もまた、狂っているのではないか。サスケは思う。解っているのにふたりしてわかろうとしていない。誤魔化し誤魔化すことを認めている。それなのにまた読みたくなるなんて触れたくなるなんて。読んではいけない。もう、触るべきではないものなのに。
 闇の裡、相反に苛まれる。先月。旅立ってからはじめて戻ったその場所は、明るかった。祝を内包する明である。想像のとおりだったから、別段そこに何らは無い。そういうものだろうと、帰路ふみ固めて来たのである。
 大丈夫だオレは飲み込める。あれはいっとき。それこそ長い人生のひととせに訪れた、奇蹟ではなく必然の情であった。誤りでも過ちでもない。大切だと思えるから、これから先も、大切に刻んでいよう。
 曲げたでも溶いたでもない。失くしてなどいない。ただ、からだの奥底に匣を作り、それへ移し秘めたのだ。
もう、触れるべきではない。ふれあうべきではない。背徳であり禁忌と成った。なのにあの男は。ナルトは。

(だめだ)
(触れるな。さわるな)

 想いではない。想いだけ押し込むはずが、事実を封ずる匣となった。事実に嘘はつけず、事実の記憶は体温を伴う。だから錠はとけ、秘密がそこから滲んでしみる。体温は体感を呼び覚ます。体感は再現を求める。結論。こうして、眠れなくなった自分を耽らせることとなった。
 否。思い出しては、いけない。
 常識が抗う。思い出すな、まだ戻れる。理性は励ます。さあ火を消せ。やはり読むべきではない触れてはいけない。あるべき己が、己を諭す。今夜は駄目だ今夜こそいけない。その激しき情に快楽に、囚われては、ならないのだ。なのに。

(もう、いい)
(囚われたい)

 閉ざした瞼は何の為か。そう、食らうと眠るが生に不可欠であるならば。あの行為もこの遊戯も、生きるに必要なのだ。今の自分にはもはや必須。したくてしたくてたまらない。却下すればこのまま夜明けだ。休息無きまま朝になり、そして明日も、眠れない。

(我慢出来ない気持ちよく、なりたい)

 したい、したい。あれがしたくてたまらない。
 外套の下、左でぽつと釦をはずす。下肢からすべて脱ぎ落した。汚してはいけない。ずらし、隙間で行う程度では済まないのだ。自覚を無視すればインナーに染みボトムに散り、白く乾いてにおいを残す。水辺までは距離がある。貴重な水を無駄づかいは出来かった。それは奇妙な冷静だ。そこから湧く餓えは背ぼねのぼり既に脳を頷かせたというのに、斜めがける鞄から必要なもの、を取り出し備えるのに、醒めている。故にたちが悪くいい訳出来ない。いっそ淫夢の果てであれば、無意識下でなら幾らかはましだろうに。
 てのひらを下から宛がい載せる初動。まるで平生だ。かたさ持たずしめり気もなく、熱さえ帯びない。排泄する。ただそのための器官だ。
 そういえば、それもまた生体に欠かせぬ生理である。しかしこちらの方が不浄と呼ぶにふさわしい。へそ下を擽りなんとなく下生えも掻いてから、それでも萎えたままだから仕方なく手ばなす。傍らの物体を掴み、親指でふたを弾いた。乾いた状態でいじるのは嫌いだ。以前は、そういうものだと思っていたが嫌いになった。傾けて直接たらす。ひやりとつたう。おぞ気にも似た感覚がはしるが仕方ない。片手では、ぬくめることは出来ないのだ。
 ひえた潤滑剤は爬虫類の粘液のようだ。ゆっくりと塗りたくりながら、置換するため記憶を呼ぶ。
 慣れない頃は温めるという手順を知らなかった。加減も知らないから、大量にしぼり出された。つめたい。訴えたらびっくりして、そっか、そうだなと赤くなる。稚拙を恥じていたナルトは、そのうち態とするようになる。つめたい。怒ると、うれしそうに笑うのだ。
 はぁ。サスケは呼吸する。兆しを待ちながら更にさわる。指をまるめて上へ。下におろして上へ、また下へ。焦らずじっくりと、性器をしごく。
 男であれば本能で知る動作だ。十代の初め、あまり興味が無かった自分でもいつからか始めた。それこそ排泄の一種のように、致しかたなくの行為だった。もちろん、僅かの悦びも無かったはずはない。耽溺はせず日課にはならなかったが、外因の刺激や起きぬけの現象で勃起すれば、した。
 ここを擦ってあれを出すのは、気持ちがいい。漠然とであるが白い乳房や紅い乳首、丸い尻がよぎり、少年の好奇で、これを挿入するのがセックスか、とも考えた。腰を振って、女の中に出すんだな。とはいえ隅のすみっこだ。すみやかに終わらせる方が、はるかに重要だった。
 しかし今めぐるのはたどるのは、男との行為だ。ナルトと耽ったセックスだ。這う口唇だの絡めてくる舌だの唾の味だの、指のうごかし方だのそんなことばかり映している。ナルトの愛撫は気づかいややさしさよりも、興奮が勝る。荒っぽいとしか評せない。捩るつねる。噛みつく。
 恋情は感じた。しかしそれ以上、示威だとか征服、執着といった言葉に掴まれる。初めて貫かれた時、つくづく思った。犯された。何もかも、ナルトに犯された。確固と守り誇りであった場所、それでいてやわらかい、こころの芯まですべてを披きわたしたのだ。う、と顎があがる。
(勃ってきた)
 髪のひとすじ、足のゆび爪のさきまで伝播する激しさ。細胞一つひとつに刻まれる深さを起こすと、たまらなくなる。興奮する。犯す息づかいを鼓膜に呼び犯される喘ぎを再生する。はぁ。あぁ。はぁ。あぁ、ああ。
(濡れて、きた)
 てのひらの内がわ、生ぬるさが混じっていく。露骨に鳴るのは二種の液体が絡む所為だ。くちゅ、ぐちゅ。意識すれば体温はより逸り、炙られるまま自慰をすすめる。くちゅ、ぐちゅ。ぬちゅ。ああ。あぁ、きもちいい。もっと。
 かかとが滑り立てた膝が左右にひらく。しぼり、こすって、未だ足りず腰を浮かせる。もたれた幹から背中がずれる。さぞかし無様だろう。それでも止められない手がとまらない。もっと、もっと。
「……ふぁ、」
 みっともない、息が漏れた。四本で圧し残り一本、人指しゆびで刺激する。腫れた亀頭をあわく撫で、われめの筋は線びく。針穴ていどの位置も探した。くすぐれば先走りがますます零れる。反りをつたい下へしたたる。嫌だ。この触り方は、嫌なのに。
「っあ。ぁぁッ」
 声が出る。くりくりと描く円を我慢できない。じらす。たてた爪で突つく。いじりたい。睾丸を揉み、陰茎を握って動かしたい扱きたい。焦れる。もっと、もっともっと気持ちよくなるため我慢する。ああ。あぁなんて、いやらしい。
「ぁン……。あ、うぅ」
 咽喉が啼き首までぶれる。伸ばした前髪はばさと乱れ、すがむ視界がかすんだ。しかし耐え、あふれるぬめりで指よごすのだ。ナルトの指摘を思い出す。サスケってすげえ、濡れるよな。違う。違っていたはず、なのに。
 それは新しい反応で覚えたての快楽だ。先日。数年ぶりで抱かれた時。ナルトのしかたは変わっていた。里はずれで落ち合い、普通の速度でならび歩いて宿に入る。古めかしい見た目だがは内装はいまどき。おそらく、はやりの場所なのだろう。磨き抜かれた窓硝子が空気のようだった。
 風呂も許さず押し倒すくせ、抗う手首に目を細める。ひさびさだからあせってた。口唇がまぶたにふり、服の上から撫で揉まれる。落ちついていた。ナルトには余裕があった。
 そうか。こういうことか。あの時。全身がこおり水でひたった。首すじ舐められ鎖骨が吸われる。股間のふくらみをあやされる。下着にしみが出来るまで、脱がしてはくれなかった。そして先端を、突起を愛撫される。濃密に綿密にとろかしてくる。
「ぃ、や。やだぁ……」
 こすりたいしこりたい。くちゅくちゅ、したい。茫で満つあたまの中に淫猥な文句ばかりたなびく。自ら虐める。本来に反する悦で苛み苛まれ感じている。いやらしいあさましい。
 あの頃。ナルトは握って上下するばかりだった。彼はこのように自慰をするのか。射精したい、と兎に角の侭か。確認はおもしろく欲情をもたらした。痛みさえひきつれるが嫌ではなかった。これが気持ちいいに違いない。問わず、勝手に決めつけ、与えようする横暴。あの指が嫌いでなかった。サスケはナルトのセックスが、好きだった。
「だめ、だ。も、だめ……」
 執拗は敏感の集中点。判っている。これは女の悦ばせ方だ。悦ぶと愛液を漏らす。雄にこたえる雌の声だ。しかしあわだちは肌おおい頑ななしびれで貼りつく。びく、びく、と肩がふるえる。そして疼かせてくる。胸の粒が熱い。勃起しているのだ。あそこも、かゆい。嬌声と等しい拍で縮みすぼまり、せつなくてつらい。
(さわり、たい) 
 躊躇は無かった。放射の中心に汁をたらし、ひだ内へ指さす。とどまらず羞恥なく突き挿した。
「うぅ、うう」
 眉間になやましく縒りよせ、サスケは悶える。欲しい点を圧迫するも波は遠いのだ。この体勢では上手に出来ない。其れも僅かな隙を嘆く。いじくると感じてまた濡れたが、足りない。此方も弄りたい。ここなら慰められるはず。
 裾から這いこんだ。空間を押し上げてのひらを伸ばした。黒い服に付着しただろう。脱いでおくべきだったか。次からいっそ、外套の下は全裸か。惨めで目の際うるみが溜まる。しかし濡れそぼつ手は煩いに非ず、鼻腔で精を匂いつつ摘む。きゅぅとすれば気持ちよかった。
 これもまた、いやなこと、である。聞き齧った手順なのか、吸いつくものの然程頓着しなかった。試したが愉しくない。謂わんばかりで同性の証にばかり興味を示す。男であるサスケが男であるナルトに抱かれる。競うように興奮をあおり、昂ぶり、共に雄の絶頂を遂げる。それが自分たちのセックスだった。ふたりで分けたよろこびだった。
 どうして変わってしまうのだろう。何故、セックスは変化したのだろう。あの宿で。ナルトはサスケの胸を責めた。幾度もいくつもキスを散らした。舌で転がしかろやかに弾き舐め齧る。どうして、何故。理由は解る。事後の浴室。あかい痕を数え吐き気がした。腹が立ちくやしくて、くるしかった。
にも拘らず、今行うこの遊戯は。

(ちくび。かんじる)
「あぁぁ……」
 のびる声が夜にこごった。かたちがかわる程引張る。かたちをつぶす様押込む。抓む圧す。反復続けるとより凝る。止まらない。嫌忌するのにやめられない。
 この前。再び里を発つ迄。抱かれるごとやめろと言った。嫌だと撥ねた。そのたびナルトは甘やかす。黒髪を梳き頬を撫でる。駄々子を宥める根気だった。怯むと続けられ、数夜のちには慣らされた。慣れていった。それほどの、快楽だった。
 前立腺への刺激に拠る性歓も、ナルトとのセックスを体験するまで知らなかったこと、だ。然し肛門を陰茎で犯され達するより、此の方が、男の理に反す気がした。性別分けぬ性感帯であると知る。故に奇妙ではない。自分が変なのではない。言い聞かせるが嚥下できない。どの部位より性が曲がる気がする。だから感じてしまう。更に股間がいきり勃つ。あさましいおぞましい。
「はっ。ぁっ、あ、あぁ、あ!」
 てのひら戻し今度は存分に、しごく。小刻みに喘ぎが散る。我慢したぶん強烈な快感だった。やめられない。覚えたこと、を忘れられない。ぬちゅぬちゅぐちゅぐちゅ。視線を落とす。見たら、離せなくなった。
「……ぁ、」
 これもナルトが教えたことだ。宿の部屋には大きな姿見があった。見せられ見せつけられた。首振っても顎掴まれ強いられた。悶える情態おうとつが均す箇所を確認する。いやなこと、が増えたがそれにも、従った。
(はずかしい)
(こんなに)
 濡らしておおきくなってる。かたいのを見ながら、する。ひとりで、する。ああ。あぁいやらしいあさましい、おぞましい。気持ちいい。飢える胸の粒をまた一頻り、いじめる。せわしい。びりびりがあそこに湧くから人指しゆびなか指で、抉った。凝と見てする。すごく感じた。気持ちよかった。
「きもち、いい」
 つぶやく声が白に凍った。サスケの自慰はナルトの愛撫の再現だ。しかし己が指を彼の指に重ねはしない。あの手なら、と求めずあくまで自身で淫らに耽る。どれほど馬鹿げた些細でも、自身を彼に置換するなど、許せないのだ。そして思う。 
もし。このざまを見れば。ナルトは何思うだろうなんて言われるのだろう。それを浮かべますます情を焙り煮つめる。
「きもちいい。オナニー。きもち、いい」 
 こんなこと言えるはずはない見せられるわけ、ない。だから昂ぶり溺れてしまう。ひとりきり、に泣くからだを静める。
さみしさをなぐさめるのだ。
 乳首。亀頭と陰茎。肛門。行き来するが行き来するからなかなか、極められない。左のみの自慰の常だ。しかしそれで良い。それがいい。疾くどくと鳴る鼓動脈打ちに終わりを与える頃合。五指でしかと握った時。月光が、てらと照らした。
(……あ、)
 ごくり。呼吸と唾液と、発想を飲み下す。何故閃いたのか。ふり仰ぐ。ゆがみ無き、円い白が輝く。何を連想する、愚かしい。忍の忍びたる力。授けられ磨いた術。あの得意をこの行為に用いるのか。どこまで己は、快楽を求めるのだ。
 てのひらをかざす。チャクラ練り意識を縒る。ちち、ち。
青白きいなびかり。馬鹿げている。淫乱、とすら浮かんだ。
しかし希求は凌駕し奔るのみだ。両眼凝らし微細に整調する。このくらいか。瞬間。やどる面影は金髪ではなく、ながい。
 これ以上の貶めなど無い。へそ上にてのひら宛がい、ほしがるすべてへ、流した。
「ッひ!」
 ちち。ちりちり。戒めの糸がくもの巣と成る。捕まる。
「ひぁ……。あ、うぁ」
 墜つ。陥る。見ひらく眼うつる月がゆがむ。幻術の如き凶の独楽。畏れるほどに脳天貫く悦。あぁ、ああ。
 ささやかな雷電は、胸の粒を無数で針刺し性器を包み咀嚼して、直腸まで侵略する。ずるり。もたれた姿勢は完全に崩れ地べたに転がる。転がり、からだじゅう痙攣させるサスケは気づかない。よだれが垂れていること。あかい眼、藍紫の輪廻からなみだが、こぼれていること。
(ま、だ。も……ひと、つ)
 彼に、再会した彼に施されたこと。嫌いなのにいやなのに、くるしいのに思い出す。自慰で以て辿る。わすれないように、しているのだ。だから出来るこれも出来る。する。してやる、なんだってしてやろう。
「ここ……」
 みぎの手。指の先ひかりを束ねた。この刺激でその位置をさわればどうなるか。解っているから、した。

「あ。ああ、あ、あぁ、あぁぁぁぁっっ!!」
 
 清。冴えた夜に絶叫がひびく。
 凛。聳える森の奥へと吸い込まれて、木魂した。

 

 嗚呼。
 ナルトは勘違いしているのだ。その事実、に触れないことが触れさせないことが、サスケを守ると思っている。思い込み思いあがっている。
 それ故。
 何も言わない。何も書かない。得た新たを、手放すつもりもない。露も無い。必死になって蓋を架し封ずるのだ。そうして置いて何でもないように。いつだってお前がいちばん。たいせつなんだと、綴り笑う。
 可笑しい。
 だから狂っているというのだ。それ即ち、このつながりを離さじと喚く極めて貪欲な残酷。不変のとわ求む我儘でしか、ないというのに。
 
 これがお前の為だと。
 それがお前の、愛しかただと云うならば。

(ふざけるな)
(狂うくらいなら、喰らってやる)

 非常識も不義も、倫在らずも。それそのままに、いつまでもどこまでも、共に在るから。

 だって。
(オレはこんなにも)

「っあ。おく……もっ、と」
 月光の元夜風の内。サスケは性具を尻に嵌め、腰ふりたてていた。よつ這い否みつ這いか。からだの下、土の色は変わっている。さっき。濃く濡れた分量もらしたのだ。それでもおさまらぬ後孔を、獣の姿勢で指で慣らした。
 傍らの備えを握った。買ったのは何処だったか。それなりの覚悟。喜劇に似た悲壮で入った路地裏、夥しい淫靡の品。しかし主は眠たげで、旅人に興味の一切を持たなかった。サスケの整った容貌も、探す者なら気がつく特徴も意識のそと。客はみな金。熱心は紙幣めくり小銭かぞえる時のみだった。
 良きか悪しきか。警戒すべきなら出た。纏わりあざ嗤われても、出たはずだ。そうならなかったから此処に持つ。昨夜も使い今夜も使う。おそらくは、明日も。
「ぃい、イイっ」
 勃起模る無機物はすぐれていた。平面に固定し跨るのが本来だろうが、この様に、木の幹にも貼りつく。サスケは騎乗位が得意ではない。体幹を鍛え俊敏に、強きで戦う。持久もあるが苦手だった。欲追う腰つき反応顕著な性器。晒してよいか困惑した。ナルトは、厭わないだろうか。固まるとキスをして、没頭を援けてくれる。腰を掴み突き上げてくる。
 だからこうするしかない。ひとりの最適だ。水平を挿し前後にゆする。途中止める。此処、という点で上下に尻振れば、まがいものでも一応、疼きは頷いた。頷けと命じている。
 ぐちゅぐちゅ、ぬちゅにちゅ。潤滑剤がねばる。視線落とすと陰茎から、ぽたぽた、飽きず淫液がしたたっていた。ぐり。ぐぐ、ぐり。腸壁の圧迫が気持ちいい。はぁ、ああ。なんて、なんていやらしいあさましい。はずかしいおぞましい。
(見られ、たい)
 見てほしい。この在るが侭を、わかってほしい。
 うまく話せない。なかなか、かたちで渡せない。
 からだ、こころ。すべて、初めてまかせられた、唯一。
 お前のセックスが好きだ。抱かれると触れられると気持ちいい。何が、どう、変わろうとも。お前だから感じてしまう。夜ごと自慰がやめられない。思い出したらどうしようもない。外套の内側心臓の上。届いた手紙、伝えられない懊悩。わかっている。よんでいる。大丈夫だ。だから、おそれるな。
(だって。オレは、)
 どこにいようがいつだろうが。何があろうとも、お前を。

「……ナルト、」
 かすれた声でサスケは呼ぶ。ナルト。ナルト。原初の欲に身をつくし恋う。黒髪がふるえ黒い外套の、裾ひるがえる。啼き泣きながら遠き空のかなた見上げ、そのことばを、捧ぐ。

  ◇

 風が吹く。
 風が吹いた。風が消した。

 月が出ている。月が出ていた。
 月だけが、見ていた。