はなびらみてえ、とナルトが笑った。
二十年くらい昔、小さな部屋のかたすみのできごと。窓の外にはちらちらと白い雪が舞い降りていた。その年初めて降った雪だった。とても寒いからぎゅうぎゅうにひっついていた。狭いベッドの中で、すっぱだかで抱きあっていた。
『ゆうべのはこんなんになるんだな。さっきのより、キレイだってばよ』
首すじを指さきでなぞりながら、それがまるで、とても素晴らしい発見であるかのように得意げだ。サスケは白いから桜が咲いてるみてえ。きれいだと繰りかえすくせ濃い口づけで印しなおし、分け合うひみつを囁いてくる。
『なぁ。今日は、入れたままでイケたな』
『……るっせーよ』
『最初はいてえイテエって、ぽろぽろ泣いてたのに』
黙れ、と殴るかわりにキスをする。この前まではただくっつけるだけだったが近ごろは、かぷっと噛みついている。そうすればくちびるが開くので開いたくちびるに侵入する。
舌を絡めるとしばらくは口をきけない。行動による口封じはなぜこんなに気持ちがよくて、何もかもをどうでもいい、にしてしまうのだろう。上あごの粘膜を舐めると抱えた背ぼねがぶるっと波うちサスケの下腹も熱くなった。仕返しされると口の端からよだれが溢れてしたたる汚れに肌がよろこぶ。あぁダメだ、また。
(……まだ)
思ったとたん遠慮しない左手がぬとぬとになった性器を確かめて、ナルトはやはり、とても得意げに笑うのだ。
『勃ってる。サスケはほんと、ヤラシイってばよ』
フン、と散らすはずの吐息は先っぽをいじられあっけなく崩れた。はぁ、う。切れ切れの呟きが自分でも驚くほどに甘ったるいが、同じくらいぬとぬとで同じくらい硬くなったのを右手で擦ればナルトの呼吸も甘やかになる。ふ、と鼻から抜けるのが艶っぽい。薄っすら汗ばむ額とか体感を味わう口の端っことか、溶ける寸前のビー玉みたいな青い眼とかナルトこそ本当に、いやらしい顔をしている。
『今度は触りっこだけにする?』
みだらな提案は注がれる思いやりで、くっつく肌や擦りつけ合う勃起よりからだを芯から満たすものだった。心のすみずみまで心がひたひたと滲みてくる。沁みてくるから率直に、むき出しのそのままが欲しいと求めた。
『もう一度。していい』
『ほんとのセックスでいいってこと?サスケももっかい、オレとしてえんだ』
『黙れ、ウスラトンカチが』
今度は言葉で告げてから言えない望みはしぐさで示す。吹っきる速度で手首を掴み二本ふくんで唾液を絡めた。絞るように頭を前後しつつふと、そのうちこういうこともするようになるんだろうな。などと、当たり前のように考える。ナルトの性器をしゃぶることを想像しながら夢中になって、指を口で愛撫していた。
『……ぁ。ぁあッ、んーっ』
『すげ。サスケのここ、やわらけえのに絞めてくる……』
糸を引いた指が埋められてももう、痛みは無かった。まだやっと、片手ぶんの回数なのに抱きあうごと綻んでいく自分のからだを厭いはしない。這入ってくるのを喰いしめるとナルトは眉をしかめて深く深く、息を吐く。気持ちよさそうにするのだからこれでいいのだと、これこそが愛情で結ばれる行為なのだと理解していた。
『……す、け。好き』
『あ、ぁ……』
『好き。大好き。すげえ好き、サスケ』
サスケ。
呼ばれるたび心が滲みてくる。からだが芯から満たされていく。
ナルトでいっぱいになるのはしあわせだとサスケは思った。
繰りかえす行為に夜ごと日ごとに溺れていく。
この部屋は二人きりの深海で、オレたちは澄みすぎたみな底に溺れてるんだといつしか、自覚していた。
◇
ささいな言葉に胸がざわめき交わす瞳に鼓動が逸り、気持ちのままキスをして想うがまま抱きあうことを歓びとする。例えばそれを恋と呼ぶならあの短い季節、自分たちは恋をしていたのかもしれない。
だけどどこかがちぐはぐだった。名前を付けた枠の中ではこれまでの日々が窮屈になり、これからを叶えることも出来なくなる。それは既に自分たちではない、という事実に目隠しして生きられるほどお互いに不実ではなかったのだ。
『旅をしたい。オレの罪と、そして世界と向き合いたいんだ』
『だから?』
『だからもう。こういうことは、』
その先はしずくになって、どうしてそんなに哀しいのか分からないくせ二人してバカみたいに泣いていた。けじめのように夜明けまで抱きあって、首すじや顎の裏、左腕の断面にさえ濃い花びらが数限りなく印された。
ほんの数日で消えてしまった。あの花びらがこのからだに咲くことはそれから二度となかったが、二十年くらい経った今でもこれだけは変わらない。
「サスケ!おかえり!!」
満開の桜の下、おおげさに手を振り少年のように笑うナルトにサスケはふわりと、頬をゆるめる。
呼ばれるたび心が滲みてくる。からだが芯から満たされていく。
恋ではなく愛でもなく存在そのものがこの命を、咲かせてくれるのだ。